SNSやアプリで「精子提供」を受ける女性が急増中…性被害などのリスクと、精子バンクにはないメリット(米)
規制に代わる自主的ルール
この動きが始まったのは00年代初頭、クレイグズリストとヤフーの掲示板からだった。当時はドナーが掲示板に告知を出しても、たまに取引がまとまる程度。レズビアンのカップルや女性が掲示板を見つけ、ドナー募集の投稿をするのはさらにまれなことだった。匿名でのやりとりが多く、その後連絡を取り合うのは不可能だった。取引は性交渉を介する場合も、容器に入った精液を渡して終わりというケースもあった。 それから20年後、個人間の精子取引がオンラインで爆発的に増え、私の記者魂に火を付けた。すごいストーリーになると確信した。しかも私は当事者なのだ。面白い投稿があればスクリーンショットを撮り、SNSで特に活動的なドナーやレシピエントがいればチェックした。重要人物に話を聞き、この奇妙な社会的交流をつぶさに把握しようとした。 とはいえ、これは個人の存在を超えた壮大なストーリー。何百万ものアメリカ人がコロナ禍のロックダウンで家に籠もり、命のはかなさを見つめた時期に需要と供給が重なった結果だ。こうした要素がオンラインのベビーブームに拍車をかけた。 疾病対策センター(CDC)のデータによれば、21年のアメリカでは前年から1%増えて366万強の出生が記録された。小さな数字に思えるが、20年までの5年間、出生率は毎年数%ずつ低下していた。ただし、出生数は21年には増加に転じたものの、19~20年の減少が大きく、19年の数字には届かなかった。 ここで、あるカップルの話をしよう──黒いロングヘアに真っ赤なリップ。とびきり魅力的なアフリカ系アメリカ人のラトリスは枕に頭を預けて上半身を横たえ、脚を上げて、爪先を車の天井に押し付けていた。 レズビアンのパートナーが注射器のような器具で彼女の膣内に精液を入れたばかりだ。2人はミシガン州の自宅から車を1時間走らせ、ロンから精液を受け取った。ロンは本人の推定によると、これまでに65人の子供を儲け、さらに記録を更新中のスーパードナーである。 ラトリスはパートナーと共に、ロンの協力を得て3日間連続で「子づくり」を試みた。カップに入った精液を受け取ると、近くの病院の駐車場に車で移動。小柄なラトリスが後部座席に仰向けに寝そべり、パートナーがその上にかがみ込んで必要な処置をする。挿入にかかる時間はほんの数秒。車中での「ハンドメイド授精」だ。「(注入後)15分ほど脚を上げたままでいなきゃ駄目だけど、それで終了よ」と、ラトリスは言う。 「黄金のチケット」、つまり1回で妊娠に成功することは期待していなかった。だが数週間後にラトリスは妊娠した夢を見た。「とてもリアルな夢だった」 翌朝、妊娠検査をしてみると、なんと陽性。今はパートナーと共に1歳半の息子を育てている。 規制のない精子取引がブームになった背景には、コロナ禍で「緊急を要さない」医療が後回しにされ、多くの不妊治療クリニックが休診したことに加え、精子バンクが新たな精子提供の受け入れを中止したため精子不足になったという事情がある。コロナ禍の収束後も、精子バンクの利用や不妊治療には多額の費用がかかるため、無料または低料金で精子提供を受けられるネット上の取引を利用する人は増え続けた。 しかも、ネット上の取引では新鮮な精子(最長5日間受精能力を保つ)が手に入る。対して、精子バンクの冷凍精子は女性の体内で最長24時間しか持たず、排卵日にぴったり合わせて注入しなければならない。 利用者の多いマッチングサイトのKDRの場合、当局の規制がない代わりに利用規約に長々と注意事項が記載されている。例えば、ドナーのプロフィールに偽りがないかは、レシピエントが自己責任で判断しなければならない。ドナーとのやりとりについても同様だ。この規約にどのくらい法的拘束力があるかは分からないが、ルールを遵守しない人はサイトから締め出される。 KDRは違法ドラッグの使用や、性感染症と知りつつ取引をすることも禁止している。ドナーとレシピエントが正式な契約書を取り交わすことを推奨し、精子・卵子の取引で対価を要求することを禁じてもいる。人工授精よりもセックスのほうが妊娠確率が高いと「述べたり、ほのめかしたり」するのもアウトだ。 ■家族の多様性について議論を フェイスブックで最も人気がある精子取引コミュニティーの1つは登録者がどんどん増え、22年6月には20年6月の3倍に達し、最終的に約2万4000人に上った。23年8月までに、さらに175%増加。精子提供を受けたい人が集まるにつれ、ドナーの参加も増えている。