SNSやアプリで「精子提供」を受ける女性が急増中…性被害などのリスクと、精子バンクにはないメリット(米)
拍車をかけたのはコロナ禍
私はドナーの男性がどんな人間かを知りたかった。赤ちゃんが欲しい気持ちは強いけれど、私にとって重要なのは、わが子が優しくて幸せな人間に育つかどうか。その意味で、精子バンクの情報は有益ではなかった。私が求めているのは、これじゃない。 私は落ち着かない気分のまま、考えごとがあるときのルーティンどおりにワシントンの街をあてどなく歩いてみた。2時間近く歩いた後、ふと立ち止まり、携帯電話を取り出してグーグルで検索した。「あなたの知っている精子ドナー」 それから数分──対面で会えるドナーを見つけることは可能だと理解するのに十分な時間だった。私は携帯電話をしまい、急いで帰宅した。 面白いものが次々と私の前に現れた。例えば精子ドナーを検索できるウェブサイト「ノウン・ドナー・レジストリ(KDR)」。フェイスブックには専門のコミュニティーがいくつもあり、ドナーが無料でプロフィールを公開していた。スマホの画面をスワイプするだけでドナー候補を絞れるマッチングアプリ「ジャスト・ア・ベビー」も見つかった。 リンク先に目を通すうちに温かい気持ちになり、笑いが込み上げた。これならドナーはきっと見つかる。クレイジーな話だが、私は決意を固めた。精子バンクでドナーを選ぶ際に妨げになった不安も、解消できそうだった。将来子供に父親の素性や彼が私に協力した理由を聞かれたら、きちんとした答えを返したかった。 オンラインでドナーを探せば相手の人柄が分かるし、子供が18歳になるのを待たずに会わせられるかもしれない。子供に自信を持って紹介できる人を選ぶことができるのだ。 一部のドナーは自分の精子で子供を儲けた人々の非公開グループをフェイスブック上でつくり、異母きょうだいが互いに交流し、家族のようなつながりを感じられるようにしていた。独りで子供を育てるつもりの私は、こうした計らいに強く心を引かれた。家族が多ければ多いほど、子供は愛情と環境に恵まれる。 ジャスト・ア・ベビーを使い始めて2日後、私はあるドナーの写真を見てつぶやいた。詐欺だ詐欺。成り済ましに決まってる──。 その男性はあごがクラーク・ケントみたいにがっしりとして、頰骨が高く、茶色い髪が波打っていた。まさに現実離れしたイケメンだった。しかも職業はニューヨーク市の消防士だというのだから、セクシー度もヒーロー度も爆上がりだ。 彼は賢く(経営学の学位あり)、芸術的で、彫刻が趣味だった。何より純粋に人助けがしたいようだった。人工授精しか行わず、子供を10人以上つくるつもりもなかった。どちらも私には重要なポイントだった。 私は勇気を奮って写真をスワイプし、マッチングが成立したところで連絡先を交換した。ビデオチャットの画面に現れた彼は仕事上がりで、制服を着ていた。消防士のヘルメットを外して髪をかき上げにっこりすると、歯磨き粉のCMに出られそうな真っ白い歯があらわになった。私は目を奪われ、「いい遺伝子をお持ちですね」と口走りそうになった。 夢が現実に近づいた気がした。消防士は子供の頃の写真と家系図を見せてくれた。そこには私が子供に感じてほしい絆があった。子供とは喜んで交流するが、法的・経済的な義務は負いたくないし権利もいらないと、彼は説明した。 願ってもない取り決めだった。 私の投稿が気に入ったと、消防士は言った。アプリのプロフィール欄に、私はこんな自己紹介文を上げていたのだ(後にはフェイスブックのコミュニティーにも投稿した)。 「ワシントン周辺でドナーを探しています。人工授精のみ。遠方の場合は応相談。求めているのは誕生時から子供の人生に関わってくれる人、日々一緒に育てるのではなく、子づくりに協力した理由について子供に健全な説明をしてくれる人です。 私と価値観を共有し、連絡を取り合い、子供の近況に関心を持ち、誕生日パーティーに時折出てくれる一生の友人が欲しいのです。責任感のある親切な人を希望します。 私は選択的シングルマザーを目指しています。4人姉弟の一番上に生まれ、唯一の女の子でした。弟たちの面倒を見るのが大好きで、ずっと母親になりたいと思っていました。ジャーナリストとして成功をつかみましたが、私生活ではまだです。どうか夢をかなえるのに力を貸してください」 結局消防士との話は流れた。コロナ禍の中、長距離を移動することに、私がためらいを感じたのだ。私はアプリでドナー探しを再開した。 そして間もなく、法の規制を受けない精子取引が、いかがわしくも興味深い世界であることに気付いた。