【絶版バイク・インプレ】ヤマハ「SDR」|余計なモノはいらない、走りに特化したミニマリズム
全幅68cm・タンク幅25cmのスリムで軽量な車体、ピークパワー重視がスポーツバイクじゃない
SDRが発売された1987年は、まさにレーサーレプリカブーム真っ只中な時代だった。エンジンは先代モデルよりも、ライバルよりも1PSでも高出力に、車体構成は高剛性アルミフレームに極太スイングアームを使用したフルカウルなルックス。 【写真はこちら】「SDR」の全体・各部 今では信じられないけれど、多気筒化、ハイパワー、高剛性――サーキットのラップタイムを0秒1でも削れるようなスーパースポーツばかりが注目されていた時代だったのだ。 1987年と言えばRC30が、NSR250Rが新発売され、2ストローク250cc、4ストローク400ccのレーサーレプリカが出揃い、オーバーナナハンにはCBR1000F、GSX-R1100、GPZ1000RXがラインアップ。オートバイの国内販売台数が150万台に迫っていた頃だ。 ヤマハのこの頃のメインモデルと言えば、TZR250やFZRシリーズというスーパースポーツ。しかしもうひとつ、人気のカテゴリーもあった。それがセローやSRX4&6、そしてSR400&500といった「非」スーパースポーツモデル。ここに、SDR誕生への萌芽があった。 「高性能スポーツと言えばハイパワー、ハイスピードな大排気量・多気筒マシンばかりではない」とは、ヤマハがSRXデビューの時に発表した技術解説資料のなかの一文。 このコンセプトを2ストエンジンにも派生させ、絶対性能やハイメカニズムの採用を必要最小限に抑え、2ストローク単気筒のテイストを追求したウルトラライトスポーツ――それがSDRだった。大排気量、多気筒化、ピークパワー重視の風潮に一撃を食らわせる、195ccの2スト単気筒エンジンを搭載した異種だったのだ。 エンジンは250ccも175ccも考えられたモトクロッサーYZ系のケースリードバルブ吸入で、排気量は理想のエンジンフィーリングに合った、それまでなじみのない200ccに決定。パワーのツキ、中回転域のトルクを重視したワインディングスペシャルにしたいとの狙いもあった。 車体は無駄を省き、スリム&コンパクトで機能美を見せてしまおう。誰もが乗れるオートバイではなく、ライダー依存度を高め、テクニックのあるライダーに面白さを分かってもらえばいい。ではサスセッティング幅の大きいひとり乗りにしてしまえ――キャリアのあるライダー、運転技術が高い、2ストファンに焦点を絞るという、幅広いユーザーに向けてモデルづくりをする現代では考えられない作り込みで仕上げられたモデルだったのだ。 ベストセラーTZR250とFZR250の最高出力45PSには及ばないけれど、車重はTZRよりも21kgも軽かった。1PSあたりで何kgの車重を負担するかというパワーウェイトレシオでは、TZRに負けても、FZRを凌いでみせたのだ! 乾燥重量わずか105kg、タンクからシートにつながる部分の幅はわずか30cmほどしかないSDRは、いざ走り出すと、そのスリムさゆえに頼りなさを感じさせてしまう。 まるで自転車に乗っているようなか細さで、タイヤ幅もフロント90/110mm。どっしりとした安定感からは程遠い。ちなみにホイールベースはTZRやFZR250の1375mmに対し1335mmと40mm、つまり4cmも短い。 その分、走り出しではまさにロケットのような動きを見せる。二次減速比を小さく取られていることもあって、出足はドン、という鋭さこそないが、そこからの加速がとにかく鋭い。 たとえば馬力のある4ストエンジンの加速がグン、と体が置いて行かれるようなイメージなのに対して、SDRは前方から巨大な力で引っ張られているような、シュッと瞬間移動するような俊敏なイメージ。2ストエンジンの二次曲線的加速を車重が阻害しないような、まさに軽量な物体がワープするような加速を味わえる。 ハンドリングも狙い通り、どっしりとオンザレールで進む安定性はないけれど、軽い車体が自在に動く自由度がある。短く軽い車体のせいで、車体の持つ直進安定性はない――だからライダーがまっすぐ走らせるのだ。 ワインディングに踏み入れても、軽さが強烈な武器なのがよくわかる。一瞬の加速、タイヤのグリップを簡単に超えるブレーキング、そこからの倒しこみは手応えなしにあっけないほど軽く、110サイズのリアタイヤはバンクしている最中の安定感も感じさせてはくれない――だからライダーが曲げて安定させるのだ。 たとえばTZRと走れば、直進もコーナリングスピードも、やはりTZRの方が上。けれどコーナリング中のラインの自由度、つまりライダーがコントロールする領域は、圧倒的にSDRの方が広い。もちろんこれは、開発陣の狙い通り、ある程度のライディングスキルをもったライダーだけが味わえる楽しみなのかもしれない。 125ccの車体に250ccのパワーを注入したような運動性。SDRの車格はヤマハの現行モデルではMT-125と同等か、ひとまわり小さい。なのに車重は30kgも軽く、パワーはMTが15PS、SDRは34PS。 動きも、加速も異次元。その時あらためて、軽さはオートバイの絶対的な正義なのだとハッキリわかるのだ。 最高速ではなく、公道で許される100km/hまでの加速に特化したかのようなエンジン特性に、ライダーの思い通りにコントロールできる自由自在のハンドリングなど、SDRの美点はたくさんある。 けれど、いちばん称えるべきはやはり、その美しいディテール。最初に目を引くトラス構造のフレームとスイングアームは、ニッケル、スズ、コバルトの3元素を使用した、メッキ手法であるTC(=トリプルコンポジット、つまり3層)メッキを使用。溶接個所の多いスチールフレームは、長期間使用でサビが出やすいが、それを防ぐ防錆効果の高い手法なのだ。 同時期のスポーツバイクといえば、ヤマハのお家芸であるアルミデルタボックスフレームが多くみられるが、その剛性の高さよりも、軽量さと美しさを求めた姿となっているのだ。 さらにセパレートハンドル、トップブリッジ、ステップ回りやチェーンケースまでアルミ素材を使用、手作業が求められるバフ仕上げも施されている。 オートバイの楽しみ方は、走るだけじゃない、観て楽しむこと、磨いて嬉しいこと、所有して満足なこと。これもヤマハがSRやSRXを発売する時に使われた言葉。わかる人だけがわかればいい。SDRはそんな「硬派」なスプリンターなのだ。
中村