年間1000人が警官に殺される米国 「銃を持つ権利」と市民と警察の間の溝
ウェアラブルカメラ着用の抑止力には賛否
近年、外回りの警察官にテーザーガン(スタンガンと同じ機能を持ち、数メートル先まで電極のついたワイヤーを飛ばすことが可能)や、ウェアラブルカメラを持たせる自治体が増え始めている。テーザーガンを使うことによって容疑者を死亡させずに拘束でき、警察官の行動もカメラの映像によって記録されるため、不当な取り締まりや暴力行為を抑止できると期待されている。 ウェアラブルカメラの着用によって、パトロール中の警察官も市民に対して過剰な行動を取りにくくなると考えられており、実際に外勤の警察官にウェアラブルカメラの着用を義務付けたカリフォルニア州リアルトでは、2014年に警察への苦情が1年間で88パーセントも激減した。しかし、アメリカ全体では多くの警察でウェアラブルカメラが導入された後も、警察官による発砲や過剰な暴力行為が激減するまでには至っていない。加えて、先述したように警察官が絡んだ射殺事件では警察が情報公開に消極的なケースが多く、ウェアラブルカメラの「抑止力」については疑問の声も上がっている。
テーザーガンにも賛否両論ある。テーザーガンは1975年から販売されていたが、その存在がアメリカで広く知られるようになったのは1991年。ロサンゼルス暴動のきっかけとなった複数の警察官がロドニー・キング氏をテーザーガンなどで暴行する様子がビデオ撮影され、それが全米のメディアによって大々的に報じられた時であった。現在、テーザーガンを製造するテーザー・インターナショナルは年間数百億円の売り上げを誇る上表企業となり、全米の警察で採用されている。同社が発表したデータによると、テーザーガンはアメリカ各地の警察で、平均して1日に900回使用され、2000年から2014年までの間に「警察に身柄を拘束された人が死亡、または重傷を負うケースを13万5000件以上回避できた」のだという。 しかし、テーザーガンの安全神話は疑問視されている。テーザーガンには心臓周辺への発射や、長時間の電力放出によって、撃たれた相手が心停止を起こす危険性があるのだ。2008年にノースカロライナ州の食料品店で、17歳の店員が代金を支払わずに商品を食べ、通報を受けて駆け付けた警察官は少年に向かってテーザーガンを発射。ワイヤー先端に取り付けられたダーツ状の電極は少年の体に刺さり、テーザーガンを発射した警察官は37秒にわたって少年に電流を流し続けた。少年は死亡し、少年の家族は2011年に賠償を求めた裁判で勝訴している。 アムネスティ・インターナショナルは2012年2月、2001年からのテーザーガンによる死者が500人に達したと発表。銃による死者数と比べると圧倒的に少ないものの、年間40人以上がテーザーガンで命を落とした計算になる。また、アメリカの警察では銃を持たない容疑者を確保する際には基本的に発砲してはいけないルールが存在するものの、銃を隠し持っていると誤って判断したり、容疑者の所持品を銃と見間違えて、警察官が条件反射的に発砲してしまうケースが後を絶たない。本来ならテーザーガンを使うべき状況で、拳銃が使われるケースはまだまだ存在する。 警察官による発砲で死者が相次ぐ背景の一つに人種問題が存在することは、疑う余地はないだろう。人種問題以外に目を向けてみると、アメリカ国内で拡大解釈され続けてきた銃の所持や携帯が原因となって、現場の警察官も目の前の相手がどこかに銃を隠し持っているのではないかと疑心暗鬼になる傾向が強まっているように思われる。加えて、アメリカでは大量殺人が発生するたびに、銃規制を叫ぶのではなく、銃の購入に動く市民が増えるのが恒例となっている。ダラスで銃撃事件が発生した翌日、アメリカ国内の主要な銃器メーカーの株価は揃って上昇した。
------------------------------ ■仲野博文(なかのひろふみ) ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト