巨樹、巨木の名前(11月5日)
異界に迷い込んだ揚げ句、魔術で名前を奪われ、他人に支配されて生きていく―。宮崎駿監督の名作アニメ「千と千尋の神隠し」は、名の下半分を失った不確かさの中で成長する少女の物語だ。名前には、人知れぬ不思議な力があるということか▼会津盆地と奥会津を結ぶ国道401号の博士峠は、太くて見上げるばかりの広葉樹で知られる。最大は樹齢500年、幹回りが5・8メートルもあるミズナラだ。最近、「九々竜[くぐりゅう]」という仮の名前が付いた。近くの清流「九々竜沢」にちなむ。際立つ存在感が、穏やかながらも豊かに流れる沢と共通する▼命名したのは、森の隅々まで熟知する地元の60代男性だ。山への愛着が高じて木々の名を考えるようになった。幹回り4・1メートルのブナは山の1文字を取り「博竜」とした。その他、十数本の特徴を捉え、「風竜」「不老樹」「大蛇」などの名を与えた▼秋が深まる。無数の木の葉が赤や黄に染まり、きらきら輝く。まるで異界の入り口のようだ。先日行われたウオーキングイベントには三百数十人が集まり、お目当ての巨樹、巨木の名を探し、眺め、触れた。こんなにも多くの人を引きつける。現実世界では、名前に確かな力がある。<2024・11・5>