なぜトヨタは大卒至上主義の時代に「職業学校」を運営するのか…トヨタ元副社長が語った「一生忘れない出来事」
■教えるのは教師ではなく、第一線で働くトヨタ社員 前述したが、トヨタとトヨタ工業学園の人づくりには共通点がある。それをここにまとめておく。共通点はいずれも他の企業や教育機関では見ることのできないものだ。 さて、ひとつ目は学園だけのそれである。 同校には3年制の高等部だけでなく、1年制の専門部という教育課程がある。専門部は高等部を終えた人間が進学するところではない。一般の工業高校を卒業した人間が入ってきて、1年間の専門科目を学んだ後にトヨタに入るところだ。 学ぶ内容を聞くと、大半は実習だ。同校のなかにある工場の実習だけでなく、トヨタの工場や開発現場にも出かけていく。実践的というか企業内研修と直結している教育だ。なおかつ、生産現場の戦力にもなっている。 専門部で行っている教育は最先端のそれだ。スマホのアプリ開発のような新たに出てきたIT技術なのである。EV、自動運転にかかわる技術、AIの技術などもそうだ。いずれも最先端の技術であり、大学にも専門教員がいるわけではない。企業内で実際に開発している人間がその分野の第一人者だ。専門部の生徒が教わる教師とはトヨタが誇る第一人者だ。一流大学の工学部、情報学部の教師よりもモノづくりの現場の最先端に触れている人間なのである。 ■「1年制」が学歴偏重社会を変える理由 言い換えれば、EV、自動運転などにかかわる技能はどの教育機関よりも進んでいて、生徒はその知識を教わることができる。モビリティにおける最先端技術を学びたいと思ったら、工業高校から学園の専門部へ行くというルートがある。 専門部の生徒にとってはもうひとつ大きなことがある。それは1年制の教育機関だけが持つ意味だ。1年制の教育機関はまさしく学ぶための機関であり、学歴を得るための機関ではないことだ。日本には2年制の教育機関(専門学校、短大、大学院の修士課程など)はいくつもあるが、1年制となると一部の大学院、専門学校くらいのものだ。だが、1年制の教育機関はもっと普及してもいい。 それは日本の教育界を変える役割を果たすことができるのではないかと思えるからだ。特に学歴偏重を変えることができる。 わたしは日本は保守的な学歴社会だと感じる。日本の一部メディアと受験産業は早慶上理、GMARCH、日東駒専、大東亜帝国といった言葉を作りだして大学のランキング付けをしている。できあがった大学のランキングを見て、企業の採用担当者は「東大をふたりに慶応を10人、早稲田を3人ほど採っておけば今年の採用は成功だ」と考える。 そうしているうちに大学のランキングができあがる。加えて、一部企業では三田会、稲門会といった大学出身者の交流団体が堂々と存在している。企業もまた大学のランキング、学歴偏重を助長している。