服脱ぐ候補者も 過激な政見放送はなぜ止められないのか 過去に放送カットで訴訟の例
過激な内容、手話通訳士の負担に
こうしたなか、都知事選で一部候補が見せたような過激な政見放送で、ストレスを受ける人たちがいる。手話通訳士たちだ。 都知事選では、多くの候補者が政見放送で手話通訳をつけた。服を脱ぐ候補者の発言も、画面後方に立った女性が手話通訳した。候補者が1分間にわたって笑い声を上げ続けたシーンでは、通訳した人もずっと口に手をあてて笑う仕草を見せた。
聴覚障害者の情報格差の解消に取り組むNPO法人「インフォメーションギャップバスター」の伊藤芳浩理事長は「品位を欠いた発言を通訳することは、手話通訳士に大きな精神的・倫理的負担になります」と指摘する。 手話通訳士は職業上、発言者の意図を正確に伝える義務があり、不適切な内容を手話にするジレンマに直面しているという。 テレビで政見放送を見る聴覚障害者にとっても、こうした手話を目にすることは負担が大きいそうだ。伊藤理事長は「視覚的な言語である手話は、差別的な内容や攻撃的な表現がより強く伝わります。感情的なストレスを引き起こす恐れがあります」と危惧する。 手話通訳の話をすると、「字幕をつければよいのではないか」という声が上がるが、聴覚障害者には手話の方が理解しやすい人もいるため、手話は欠かせないものだ。 伊藤理事長は対策として、候補者に手話通訳の重要性を理解してもらうための研修▽放送内容の事前の共有による表現方法の検討――などが必要だと訴える。
候補者の「モラル」の問題か
一方、衆院選では都知事選ほど政見放送は荒れないかもしれない。 都道府県知事選や参院選(選挙区)の立候補者なら誰でも政見放送を流すことができるが、衆院選の小選挙区の政見放送に出られるのは「前回の国政選挙で得票率2%以上」など一定の要件を満たす政党の候補者に限られるからだ。このため、自民党派閥の裏金問題で非公認となる候補者も政見放送に出ることはできなくなる。 政見放送を巡っては、放送局側が一部カットして放送した例もある。1983年の参院選で、候補者が使った差別用語の音声をNHKが削除した。候補者が裁判を起こして最高裁まで争われた結果、NHK側の勝訴に終わった。最高裁は、差別用語の使用は品位を損なう言動を禁止する公職選挙法に違反すると判断したのだ。 一連の問題を受けて、与野党が公職選挙法改正に向けた議論を進めている。ただ、憲法が保障する政治活動の自由や表現の自由を考えると、やみくもな規制は望ましくない。自民党の逢沢一郎選挙制度調査会長(当時)は7月、「法的にどんなグリップを利かせるのが適切か。放っておくことができないという問題意識を強く持っているので、そういう姿勢で臨んでいきたい」と述べるにとどめている。【小林慎】
※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。