藤ヶ谷太輔の演技に引き込まれる…原作との違いに宿る独創性とは? 映画『傲慢と善良』考察&評価レビュー
500ページ近い原作小説を119分に収めるための工夫
映画と原作の大きな違いとしては、ストーリーの時系列が挙げられる。 原作小説では冒頭で真実が交際相手である架に、ストーカーから追われていると必死の電話をかける場面からスタートするが、映画ではマッチングアプリでの婚活に苦慮する架の姿から始まっている。 言うなれば、架と真実との出会いから失踪に至るまでの経緯が、映画では時間軸に沿って展開されていくのだ。原作で印象的だった場面を整理してピックしたことで、登場人物たちの言動の変化が、より理解しやすい構成となっている。 しかし、驚きをもたらすミステリーの要素を控えめにしながらも、ふたりの男女の掴みきれない胸の内が描かれるのは原作と変わらない。架と真実の視点が切り替わるにつれて、物語の様相が一変していく展開は、観客にとってもドキドキする時間だっただろう。 実際、500ページ近い原作小説のボリュームを119分に閉じこめるために、オリジナル展開を多少なりとも加えていたものの、架と真実の心情や関係性を描写するディテールはとことん突き詰められている。架と真実が仲を深める過程が、次々と映しだされる「スマホの自撮り写真」によって演出されていたのも、物語のリアリティを増幅させていた。
セリフ量が減ることで増した言葉の鋭利さ
『傲慢と善良』には印象的なセリフが数多く登場するが、もっともインパクトを残しているのは、やはり前田美波里が演じる結婚相談所の所長・小野里の言葉だろう。 「今の日本の婚活は傲慢と善良。自分の価値観に重きを置きすぎで、皆さん傲慢です。その一方で自己愛がとても強い」 作品に触れた人ならば、架や真実だけでなく、自分自身の奥底に存在する“善良さで取り繕った傲慢さ”を実感するはずだ。 相手に多くは求めていない。でも、ピンとくる人がいない。身の丈に合った人と出会えるだけでいいのに。そんな最低限のラインを決めて当てはまる人物を探しながらも、どこかで自分と釣り合う人かどうかを見定めている。自分は選ぶ側だと、なぜか心の奥で信じきっている。 原作を読んだときにも感じた無自覚に抱いていた傲慢さと、心を保つために縋っていた善良さ。映像になってセリフ量がおのずと少なくなった分、より言葉の鋭利さが増していて、心の浮ついた部分に釘を刺された気持ちになった。