虎の4番・大山がFA宣言 宿敵巨人へ移籍ならば初代ミスタータイガースは何を思う 鬼筆のスポ魂
もう40年ほど前の話だが、週末のお昼過ぎの編集局に、パリっとしたスーツを着て、おしゃれなソフトハットをかぶった初老の紳士が現れた。上司からの指示でお茶を出し、目の前に座っていると、紳士はテレビで放送中の阪神戦を見ながら「カケブじゃ。カケブがしっかりせんといかんのじゃ」とブツブツ言っている。 【写真】初代ミスタータイガース しばらくして上司から「この方は藤村さんや。ちゃんと挨拶せい」と言われ、ペコリと頭を下げた。柔和な表情を浮かべた初老の紳士は初代ミスタータイガース・藤村富美男さんだった。 ■巨人戦で燃えた虎の4番 プロ野球のリーグ戦が始まった1936年、大阪タイガース(現阪神)に入団し、38インチ(約97センチ)の長いバットで活躍。「物干し竿(ざお)の藤村」とファンに親しまれ、輝かしい記録を残した。監督も務め、タイガースの顔として1014試合に連続出場。通算打率3割をマークし、58年に現役を引退。球団から17年間の功績をたたえられ、背番号10は阪神初の永久欠番となった。 藤村さんはテレビを見ながら「カケブは…カケブは」と言う。カケブとは、当時の4番・掛布雅之だった。その試合で掛布は称賛も批判もされるような展開ではなかったが、藤村さんは虎の4番に固執し続けていた。自らもタイガースの4番として東のライバル・巨人に牙をむいた。打倒巨人に魂を燃やした「元祖燃える男」は、後輩の4番打者に強い思い入れを抱いていた。 後年、ミスタータイガースと呼ばれた掛布氏も「4番がチームの勝敗を背負う」と言い、巨人との伝統の一戦には人一倍の闘志を燃やした。藤村富美男、田淵幸一、掛布雅之、岡田彰布、金本知憲…。虎の4番の系譜は西の阪神が東の巨人に立ち向かってきた歴史そのものでもあった。 ■「他球団の評価聞きたい」 令和の虎の4番打者・大山悠輔内野手(29)がフリーエージェント(FA)権行使の申請期間最終日の13日、兵庫県西宮市内の球団事務所で国内FA権を行使すると表明した。 「(現役で)8年間やってきて、いま自分がどういう風に思ってもらえているか、他球団からの評価を聞きたいのが一番の決断理由」と話し、他球団との交渉が解禁される15日から、獲得に乗り出す球団との交渉のテーブルに着く。真っ先に手を挙げるのが、阪神の永遠のライバル巨人。阪神は残留交渉で4年総額16億円程度の条件を提示しているが、資金力の豊富な巨人は巨額条件を提示しそうだ。