変わりゆく高校野球と変わらない甲子園の風景【白球つれづれ】
◆ 白球つれづれ2024・第31回 第106回全国高校野球選手権大会は今月23日、京都国際高校が日本一の頂点を掴んで閉幕した。 関東一高との決勝戦は史上初の延長タイブレークに突入。最後は京都国際が関東一を振り切って甲子園球場の100回記念大会で新たな歴史を刻んだ。 今大会では、近年の地球温暖化を受けて、熱中症対策の一環で初めて朝夕の二部制が一部導入されている。さらに高野連を中心に1試合7イニング制も検討され始めるなど高校野球そのものが大きな変革期に差し掛かっているのも事実だ。 グラウンド上のプレーでも大きな変化が生まれる大会にもなった。 今大会から採用された「低反発バット」の導入により、パワー重視の金属バット時代より本塁打が激減。昨年は23本を数えた一発が、今年はわずかに7本。そんな影響もあってか、大会48ゲーム中1対0の試合が5試合、2対1が7試合とロースコアの接戦が増えている。 優勝した京都国際は予選から本大会までアーチゼロ。もっぱら低い弾道でも鋭い打球に磨きをかけて、鉄壁の守りで勝ち抜いた。 そんな風潮は大社(島根)や石橋(栃木)といった県立高校の躍進につながり、一方では、大阪桐蔭、智弁和歌山ら優勝候補と言われた強豪校の序盤敗退とも無縁ではなかったのかも知れない。 もう一つの変化の特徴は投手の「チェンジアップ全盛時代」である。一時代前までは魔球と言えば、フォークボールやスプリットを思い浮かべたが、150キロ近い快速球もフォークも研究されている。そこでストレートと同じ軌道で投げられて、途中から減速して曲がり落ちるチェンジアップを駆使する投手が増えている。 優勝した京都国際の中崎琉生、西村一毅両左腕エースや関東一の坂井遼投手も勝負所でチェンジアップを駆使。その結果、内野ゴロで打ち取るケースが増えるため、今度は内野守備強化が図られる。今大会では内野の好守備が目についたのもこうした流れの延長線上にあるからだろう。 この夏、甲子園の100年大会とあってマスコミでは甲子園での熱闘の歴史を振り返る企画が多く取り上げられた。ファンが選ぶ「最も記憶に残る試合」では2006年の早稲田実業対駒大苫小牧の決勝戦が人気だった。 早実・斎藤佑樹と駒大苫小牧・田中将大両エースの投げ合いは延長15回でも決着がつかずに引き分け再試合の末に早実に軍配が上がった試合だ。 18年前には、当たり前のように行われていた延長15回も引き分け再試合も今ではない。投手には球数制限が設けられ、肩、肘の負担を減らすため事前に検査も行われている。 ◆ 新たなドラマと共に甲子園は歩み続ける 時代と共に変わりゆく甲子園があれば、変わらないものもある。それが球場全体を包む温かい応援風景だ。 今年の代表例として3回戦で激突した大社対早稲田実業(西東京)を取り上げたい。延長タイブレークの末に大社がサヨナラ勝ちしたゲームだが、球場全体が異様な空気に包まれ出したのは9回裏大社の攻撃時だった。 2-2の同点に追いついた大社はなお一死二・三塁。絶体絶命のピンチに早実の和泉実監督が大勝負に打って出る。左翼手を交代させて、しかも投手の横に守らせた。外野手は二人にしても得点を許さない変則シフトが見事にはまる。打球は投手横に転がり、記録上は「左-捕-一塁」と転送されて併殺が完成。最後は延長11回大社・真庭優太投手がサヨナラ打を放って決着をつけたが、スタンドは一投一打に大拍手。戦前はノーマークだった県立校が93年ぶりのベスト8に駒を進める。 ワセダカラーの伝統校が秘術を尽くす。これぞ高校野球の激闘にファンは酔いしれた。両軍選手がグラウンドを後にするとき、また大きな拍手が球場を包む。これが好試合を終えた時にファンが行う恒例のマナーである。 引き分け再試合のドラマはもうない。今大会はかつての清原和博、桑田真澄のPL学園に代表されるような怪物がいたわけではない。それでも高校生が繰り広げる熱戦に、甲子園でしか味わえない汗と涙の物語は間違いなく存在する。 多くの球児が味わってきた甲子園を一瞬にして変える応援の空気は時として魔物のように襲い掛かり、時には何物にも代え難い勇気をもたらす。 100年が110年、120年と甲子園の歴史を塗り替えても、競技のスタイルが変わっても高校野球の熱狂は間違いなくこの空気感と共にある。 昨年は慶應高校の“エンジョイベースポール”と長髪が話題をさらった。 今年は京都国際の韓国語の校歌と野球部創設からこれまでの苦労に驚きの声が上がった。 変わるものがあれば、変わらないものもある。また新たなドラマと共に甲子園は歩み続ける。 文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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