「初めて心の底から殺意が沸いた…」14歳女子中学生を追い詰めた「父の制裁」とは
しかし、殴られなくなったからといって、それ以前から積み重なった暴力の恐怖が消えてなくなるわけではない。 そんなことも関係してか、私の潔癖症は治るどころか、ますます酷くなっていた。 だが、理由のわからない罪悪感から、引っ越し当初は、家族の目を気にしつつ清浄行為をしていた。しかし、その後は徐々に清浄頻度が上がっていく。手を洗う時間と回数も増え、指の腹などは次第にガサガサとした手触りに変化していった。洗濯も家族とは別に回していたし、もちろん、掃除も自分で確認しながらでないと気が済まなかった。 「汚い」と「綺麗」を細かく明確に分けていたため、自分の「部屋」の入り口で靴下を脱がなければ入れない決まりにしていた。靴下が家のなかで靴の役割だった、と言えば、そのイメージが伝わりやすいかと思う。 一緒に住んでいるのに、まるで私だけ独り暮らしをしていたかのようだった。 そして、共用部分の、自分の場所をアルコールなどで消毒する。服などのすぐに洗えない箇所が汚いと思う部分に触れると、消毒液をぶっかける、などの行為も頻繁におこなうようになっていった。
● 私はなぜ「部屋」に 囚われてしまったのか? 新しい家で、自分の「部屋」という“城”を手に入れた私は、次第に、誰かが私の「部屋」に入るのを恐れるようになっていた。それはよくある思春期の精神的なものから来る意味ではなく、衛生的な観念から来る恐怖感だった。 そう、それはまさに“恐怖”としか言いようのない感情なのだ。最初はそんなことを考えるのもおこがましいと思っていた。自分で建てた家でもなく、住まわせてもらっているという感覚が強かったのだ。それを、「私の部屋に入らないで、汚いから」なんて言えないと思っていた。何より、どこかおかしい考えだというのは自分が一番よくわかっていた。 だが、おかしいと思いながらも止められない。どうしても無防備にならざるを得ないお風呂の時間などに、誰かが「部屋」に入ったかもしれないと思うだけで、掃除をせずにはいられなくなっていた。 それだけではなく、どこにいても「部屋」のことが頭を占めるようになり、ひきこもりもどんどん酷くなっていった。月に一度、玄関先に出ればまし、なんていう時期もあった。