ブルガリア出身の元大関・琴欧洲、鳴戸親方が語る角界入り秘話「今までの自分を全て捨ててゼロからスタート」夏場所注目力士も
大相撲の夏場所が東京・両国国技館で開催されている。ブルガリア出身で元大関・琴欧洲の鳴戸親方(41)は現役時代、身長204センチ、体重143キロの恵まれた体格を生かして2008年夏場所で幕内初優勝を成し遂げ、通算537勝(337敗63休)を記録。日本国籍も取得して現役引退後は後進を指導する親方になった。欧州から大相撲の世界に挑戦した当時の苦労を明かし、今場所の注目力士として大関・琴桜(佐渡ケ嶽)、新小結・大の里(二所ノ関)を挙げた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ―大相撲の世界に飛び込んだ経緯を。 「よく分からないまま日本に来ました(笑い)。小さい頃からレスリングをしていて、ブルガリアの大学に入っても続けていました。その練習場で、レスリングマットの上にシートを敷いて相撲をしている人たちがいた。ブルガリアにも相撲ってあるんだなって初めて知りました。その人たちから、相撲の大会も近いので興味があるのだったら練習してみたらと言われて相撲をやり始めました。ブルガリアの大会に出たら優勝して、欧州の大会に出ることになりました。そこで佐渡ケ嶽部屋の関係者からスカウトされました。体重の関係でレスリングでは五輪を目指すことも難しくなったこともあり、来日することになりました」 ―02年九州場所で佐渡ケ嶽部屋から初土俵。来日して、相撲部屋の生活で驚いたことは。 「すべてですね。今まで自分がやってきたことは何だったのか、というぐらい。180度。すべてをひっくり返された。レスリング、アマチュア相撲で残した成績など、すべてを捨てないといけなかった。相撲界の中に溶け込むためには、今までの自分を全て捨てて、ゼロからスタートしないといけなかった。そうじゃないと相撲界になじめなかった」 ―苦労したのは稽古か、生活面か? 「稽古は、厳しくても耐えられた。やっぱり私生活ですね。大相撲では通訳もいないので、言葉が通じない。自分が言いたいことも言えないし、言われていることも分からない。そこが一番大変でした。厳しい稽古は数時間。残りの約20時間ぐらいがね。特に夜、一人になった時はさみしかった。誰とも会話ができませんでしたから。孤独がつらかった」 ―日本語はどうやって覚えたのか。 「子供と一緒ですね。人の会話を良く聞き、こうだろうなと頭の中で覚えて、メモをして。あとで振り返ってみると全然違うことを書いていることもありました(笑い)」 ―日本の文化、しきたりは? 「食事は、番付が下の頃は残ったものを食べる。好き嫌いなんて言っている場合じゃなかった。入門したての頃は一番最初に稽古して、お風呂に入って、親方や関取衆の食事の準備などをして、食事するのは一番最後だった」 ―そこから大関にまでなった。 「最初はなんで、こんなところで、こんなことをやらないといけないんだと思っていました。夜はさみしくて涙が出た。ブルガリアにいる同級生はみんな、大学で楽しくやっているんだろうなということも考えていた。でも、どうせやらないといけないのなら、一日でも早く関取になるんだと、気持ちを切り替えてから楽になりました。簡単にブルガリアには帰れないし、やるしかない。やるんだったら関取になる。そう決めました。そこから相撲に対する必死さが変わりました。ここが大きなポイントだった。みんなが休んでいる時間もトレーニングをして、みんなが遊んでいる時間に私は体を休めるようにした。同じ24時間、どうやって早く強くなるかを考えながら過ごした」 ―努力して幕内優勝もした。 「今、振り返ると相撲を続けて良かったなと思います。関取になってから初めて給料をもらえたし、部屋も個室になったり、付け人もついてくれたり。そこからやっと一人前だと思えました。入門前は大相撲って、他の競技と同じようなプロスポーツだと思っていた。だけど、実際に入ってみたらタイムカプセルで18世紀に戻ったような生活だった。(厳しい上下関係、番付社会もあって)慣れるまで時間がかかった。やっと関取になってから、体のケア、トレーニング、栄養面などについても考えられるようになった」 ―大相撲界では日本国籍を取得しないと引退後に親方になれない。実際に2014年に帰化した。当時はどう決断したのか。 「最初は、関取になってお金を稼ぎたいという思いでした。ただ、徐々に番付が上がって、良い時も、悪い時も支えてくれる人たちがいた。その人たちに恩返しするために私ができることは何かと考えた。そして大相撲発展のためにも頑張りたいと思ったので、日本に残って親方になる道を選びました」 ―海外から両国国技館に来場する方々へ、大相撲の魅力をどう伝えたいか。 「他にスポーツは多くありますが、大相撲は単なるスポーツではありません。日本の伝統文化であり、神事でもある。所作などの美しさもある。静かな部分と動きのある部分が共存する。礼に始まり、礼に終わる。形式的に行うのではなく、そこには心があります。大相撲は心の面を重んじます。力士は心技体がそろってないといけない。海外から来場される方には、理解するに時間がかかるかもしれませんが、そういう面も意識して見ると、大相撲の魅力をもっと感じることができるのではないでしょうか」 ―実際に会場で見ると取組の迫力もすごい。 「注目してもらいたいのが、力士同士のぶつかる音。特に立ち合いの当たりです。頭、体、すさまじい勢いで相手に当たっていきます。『防具などつけないで大丈夫ですか?』とよく言われますが、ぶつかっても大丈夫なのは毎日の稽古のおかげ。稽古をすることで体は強く、丈夫になります。いきなりやったら死んでしまうかもしれません。立ち合いはそれだけ恐ろしいです」 ―短い時間で勝負が決まるのも分かりやすい。その短時間の中にある攻防も魅力ですね。 「必ず強い力士が勝つわけではありません。小さい力士が大きい力士にも勝てる。それが面白い。競技時間が長いスポーツは強い選手、チームが勝つ傾向にありますが、相撲の場合は無差別級ですので、番狂わせも起きる。強い力士が足を滑らせて負けることもある。強い人が100%勝つことがないのも、魅力です」 ―夏場所の注目力士は。 「まずは大の里。身長192センチ、体重183キロの恵まれた体格が上位でどこまで通用するのか。力がある一方、相撲はまだ雑なところがあります。それでも勝ててしまう馬力があり、伸びしろしかないですね。もっと稽古して相撲を覚えてくれば、大きな体もさらに生きてきます。あと琴桜ですね。祖父が元横綱、父も元関脇という相撲一家。早く初優勝して、横綱になってもらいたい。それだけの存在です。大関になる前に一度、膝のけがをしました。それまでは下がってしまう相撲が多かったですが、けがをしたことで、前に出る意識が強くなったのが良かった。けがの功名ですね。もっと前に出るようになれば上が見えてきます」 ―改めて海外からの来場者へのメッセージを。 「日本の伝統文化である大相撲、そして日本という国の魅力に触れて、楽しんでもらいたい」
報知新聞社