布製マスクの「製造過程」になぜメスを入れたのか?...田中弥生・会計検査院長に聞く「コロナ対策の事後検証」
持続化給付金事業について
■土居 2020年度に、新型コロナ対策で会計検査院が重点的に取り組んだ項目は他にありますか? ■田中 いわゆる新型コロナ対策関連経費の中で、1つ挙げるとすれば持続化給付金事業です。 持続化給付金は423万件に対して計5兆5500億円が給付されましたが(2021年3月末まで)、背後では多層の再委託が行われています。 受託者である一般社団法人サービスデザイン推進協議会から大手広告代理店・電通などに99.8%再委託し、そこから更に9階層に及んで延べ723者が関与していました。 このような多重階層では受託者が管理するのは困難であるとして、再委託の範囲や仕事の適切性を明確にすべきだと申し上げました。 ■土居 その後、2021年度や2022年度にも補正予算を通じて作られた基金でも同様のケースが見られました。持続化給付金事業ほどではないにせよ、基金の運営における再委託の問題がまだ残っているように思います。 ■田中 2023年秋に「令和4年度(2022年度)決算検査報告」を公表し、「特定検査状況」として報告したガソリン価格を安定させるための燃料油価格激変緩和対策事業ですね。 6兆2000億円の予算が組まれ、一般社団法人全国石油協会が、基金設置法人として選ばれました。そして、同協会と博報堂との間で委託契約が結ばれ、受託者である博報堂を通じて別の大手広告代理店に77.0%再委託していました。 委託の内容ですが、主に補助金申請の処理とガソリンの販売価格の調査です。ガソリンは卸売事業者(石油輸入業者)が30社しかありませんが、ガソリンスタンドは全国に約2万8500店あります(検査当時)。ですから、ガソリンの価格や売上に基づいて卸売事業者に交付する補助金を調整し、頻繁に補助金の申請を行う必要がありました。また、ガソリンの販売価格の調査を全ガソリンスタンドに対して行なうことになっていました。 ■土居 一回一回の申請ごとに交付事務が必要という構図ですよね。持続化給付金事業の場合は100万円から200万円規模の給付金が423万者に交付されました。再委託に関して所管省庁のモニタリングの甘さがあったのではないでしょうか。 ■田中 それには、霞が関の体力不足も影響しています。実はGoToキャンペーン事業では、イート事業を実施する農林水産省が144件のすべての契約事務を自力で行おうとしました。GoToEatキャンペーン準備室に配置された職員を9人から最大20人に増員して対応しましたが、検査時点で半分以上にあたる85件の契約事務が完了していませんでした。 この事例は、トランザクションコスト(取引費用)の観点からも、すべての業務を省庁が自力で行なうことの難しさを示しています。ですから、委託そのものが悪いわけではないということです。 ■土居 なるほど、そういった背景があるのですね。どういう形で民間に財政支出をするかはケース・バイ・ケースですが、ルーズに予算を出してはいけないというのが、今回の新型コロナ対策の関連事業からの教訓ですね。 ▲コロナ病床確保事業について ■土居 コロナ患者を受け入れる病床として確保していたのに使用されなかった、いわゆる「幽霊病床」も話題になりました。 そもそも、医療機関が得る診療報酬は医療行為に対する報酬であり、患者がおらず空床だと診療報酬が支払えないことから、診療報酬とは別に補助金という形で、コロナ病床として確保した医療機関に対して病床確保料を支払ったわけです。 病床確保料に関する検査も会計検査院は行なったと聞きました。具体的にどのような形で検査をしたのでしょうか。 ■田中 コロナ病床確保事業には、補助対象期間にコロナ患者等の入院受入体制が整い「即応病床」として確保された病床(以下、「確保病床」)と、コロナ患者等を受け入れるために看護職員等が従来配置されていた病棟を閉鎖したり、多床室の一部の病床を空床としたりしたために休止した「休止病床」の2種類があります。 コロナ患者用の病床を確保すると、他の患者を受け入れられなくなるため、その間に稼働できない病床にも補助金が出されました。 まず補助金の財源や制度を確認し、その上で執行状況を調べました。病床確保事業の対象とされた病院や医療機関は全国で3483施設ありましたが、そのうち計496の大規模医療機関(国立大学病院や独立行政法人が設置する医療機関など)を中心に検査し、随時報告という形で2023年1月に報告をまとめました。 しかし、当時、検査対象となった市区町村の医療関係の部局や民間のクリニックは僅かで、主たる実地検査の対象に含まれていません。 ■土居 実地検査の対象に含めなかったのは、要請したけれども受け入れてもらえなかったということでしょうか。 ■田中 市区町村については特に配慮し、コロナワクチン接種が始まった年には実地検査を控えました。また、2021年には全国知事会から会計検査を控えてほしいとの提言もありました。 ■土居 それでは自治体の都合で「来てほしくない」と断っているように見えますね。国費を使っている以上、会計検査を受けるのもやむを得ないと思ってくれないのでしょうか。 ■田中 現場に負担をかけないために、できる限り中小規模の病院への実地検査は控えました。しかし、都道府県の担当部局は情報収集や医療機関間連携で重要な調整機能を果たしていたため、実地検査に協力してもらいました。 実際に確保病床と休止病床に対して1日当たり最大43万6000円の補助金が支払われました。さらに、コロナ患者を実際に受け入れて稼働した際には、看護師の人件費等として、1ベッド当たり1500万円が支給されました。独立行政法人国立病院機構には、計1800億円の補助金が投入されています。 都道府県にヒアリングを行なったところ、次にいつ患者が増えるか分からない中で病床を減らし、その後、感染が拡大した際に病院にベッドを確保してほしいと再度頼むことが難しい、と。その結果、病床は増え続けたのですが、事態がどう動くか分からない中でこれを責めることはできません。 また、検査対象となった補助金交付対象の病院の病床利用率は全国平均で約60%でした。しかし、中には病床利用率が50%未満の病院もありました。 ■土居 補助金を受けて病床を確保した割には、病床利用率が50%未満という病院があったというところが、まさに「幽霊病床」と呼ばれた所以ですね。補助金をもらうだけもらいながら患者を受け入れられなかったということもありえますよね。 ■田中 その理由についてもアンケートを取ったところ、そもそもコロナ患者が来なかったり、病院内でクラスターが発生したり、専門病院とのミスマッチが原因で受け入れができなかったという回答がありました。 ■土居 そうした事情は、外部の専門家に報告を読んでいただき、さらに実態を解明してもらうことを期待したいところですね。 ■田中 我々はあくまで国の収入と支出を検査する機関であり、政策の妥当性そのものを評価する立場になく、アンケート調査以上のことはしていません。しかし、この報告をご専門の先生方に見ていただければ、これからの医療体制の在り方を検討していただく1つの情報源になるのではないかと思っています。
田中弥生 + 土居丈朗