布製マスクの「製造過程」になぜメスを入れたのか?...田中弥生・会計検査院長に聞く「コロナ対策の事後検証」
<布製マスクの在庫は注目されたが、製造過程についてはあまり報道されていない...『アステイオン』101号の特集「コロナ禍を経済学で検証する」より3回に分けて転載。本編は第1回目>【田中弥生 + 土居丈朗】
布製マスク配布事業、持続化給付金事業、病床確保事業、巨額の予備費など、新型コロナ対策には財政支出が多額に投じられたが、その財政運営に会計検査院がメスを入れたことが話題になった。その一端について、田中弥生・会計検査院長に本誌編集委員の土居丈朗・慶應義塾大学教授が聞いた。 【写真特集】世界に広がる新型コロナ・ロックダウン ◇ ◇ ◇ ▲コロナ禍初期段階の会計検査院の対応について ■土居 2019年度末頃のコロナ禍初期から新型コロナ対策が財政的にも注目され始めていましたが、当時は検査官であられて、新型コロナ対策に関して、会計検査院として何らかの対応が必要になるという予兆はあったのでしょうか。 ■田中 会計検査院は憲法90条に基づき、独立した立場から国の財政を監督する機関です。きちんと検査をして、次のパンデミックや災害のために教訓として歴史に残る記録を残さなければならないということを当初から議論していました。 ■土居 混乱状態のなかで記録を残すことがすでに議論されていたとは驚きです。しかし、これから何が起こるかも分からないなかでは難しかったのではないでしょうか。 ■田中 まずはそもそも新型コロナ対策に対して、何らかの指摘をするかどうかについて議論しました。コロナ禍が始まったばかりの試行錯誤している段階で「あれもこれも駄目」とは言えないだろう、と。ですから、初年度は見守ることになりました。 2021年秋に公表した令和2年度(2020年度)決算検査報告の第4章に「特定検査状況(特定検査対象に関する検査状況)」という項目があります。 これは「状況を見守ること」に関する項目で、「GoToキャンペーン事業」や「持続化給付金事業」などを入れました。翌年にはある程度状況が見え、判断ができるだろう。もし何かを指摘するのであれば、2022年(令和3年度決算検査報告)以降になるであろうことは幹部職員らとも当初から議論していました。 ▲布製マスク配布事業について ■土居 新型コロナ対策の中では、最初に布製マスク配布事業が話題になりました。これについては検査官、または会計検査院としてどのように動いたのでしょうか。 ■田中 布製マスクの良し悪し、配布の是非については会計検査院としてジャッジしないことにしました。むしろ、どれほどの費用が使われたのか、製造過程や契約で問題がなかったか、配布のプロセスに課題がなかったか、そして在庫の管理がどうなっているかに注目しました。その中で法的またはシステム上の問題がある場合に指摘することにしました。 会計検査院は毎年、国のすべての収入と支出の決算を検査しますが、政策そのものを頭から評価することはしません。また、布製マスク配布事業は「特定検査状況」として記され、少し緩やかな所見になりました。 ■土居 会計検査院は正確性、合規性、経済性、効率性、有効性という5つの観点を掲げて検査を行なっている。実に会計検査院らしい目線で布製マスク配布事業の分析と検査をブレずにされたという印象です。この件については、何か反響はありましたか。 ■田中 布製マスクはメディアでもかなり取り上げられ、在庫が8200万枚も余ったことが注目されました。しかし、布製マスク配布事業に1044億円もの予算が投じられたことはあまり報道されていません。我々は在庫に至る前段階、つまり製造契約の問題にも注目しました。 驚いたのは、契約に当たって仕様書がなかった点です。口頭で伝えるだけで製造が進められ、瑕疵(かし)担保責任が明確でなかったため、後に不良品が出ても修繕や交換に応じてもらえないケースもありました。結局、検品作業を厚生労働省が自ら行なうことになったのです。 当初、厚生労働省が数億円を払って検品会社に委託しましたが、世論の批判を受け、最終的にはメーカーが負担する形での契約に変更しました。しかし、この対応にかかる費用も非常に大きく、仕様書を作らなかったことや瑕疵担保責任を明記しなかったことで、結果的にコストが増大してしまいました。 ■土居 混乱の最中とはいえ、法律に厳しい霞が関にしては、特に契約上の瑕疵担保条項については凡ミスに見えますね。 ■田中 これは検査報告にも記載しましたが、一部のメーカーでは短期間で布を調達し、納品するリスクが大きすぎるとして、瑕疵担保条項を削除するよう求めたそうです。緊急ということもあり、仕方なく条項を削除した結果、問題が残ってしまったのです。また、契約相手方の見積額と同額をそのまま予定価格にしてしまったという問題もありました。 ■土居 前例のない事態のなか、マスクの緊急製造という初めての新型コロナ対策では、厳しく指摘できなかったという事例ですね。