【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第25回「ミステイク」その2
付け人も真っ青なら、宇良も真っ青
春は、うっかり、が多い季節でもあります。 そう、物忘れ、言い間違い、取り間違いなどなどです。 日々、真剣勝負の大相撲界でも、緊張のあまりでしょうか。 意外にこのうっかりが多いんです。 もっとも、こちらは季節に関係ありませんが。 そんな、いけねえ、やっちまったよ、と頭をかきたくなる失敗談を集めました。 ま、笑ってやってください。 ※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。 化粧廻しを間違えた付け人もホッ 他人の化粧廻しで 大事なものほど、よく忘れるものです。さあ、ここで問題です。関取にとって大事なものって何でしょう? 力士が十両に昇進すると一人前として扱われ、待遇をはじめ、さまざまなものがガラリと変わる。その一つが土俵入りのときに使用する化粧廻しだ。幕下以下は、土俵入りもなければ、あのあでやかな化粧廻しも付けられない。言ってみれば関取のシンボルだ。 平成28(2016)年名古屋場所初日、十両に昇進してまだ2場所目だった宇良が場所入りし、十両土俵入りの直前になって一気に冷や汗が噴き出した。 関取が新米なら、付け人も新米だ。その付け人が、なんと間違って兄弟子の臥牙丸が予備に持ってきていた化粧廻しを持ってきてしまったのだ。取りに帰りたくても、宇良が所属する木瀬部屋の宿舎は岐阜県羽島市にあり、1時間以上はかかる。とても無理だ。 取り返しのつかない間違いをしでかした付け人も真っ青なら、宇良も真っ青。土俵入りの時間は迫っている。どうしたらいいか。あわてて一門の若者頭のところに駆け込んだ。相談された若者頭も困った。 「仕方ない。持ってきた化粧廻しをつけて上がれ」 とやけっぱちで指示し、宇良は臥牙丸の名前が入った化粧廻しを締めて土俵に上がり、なんとか土俵入りを済ませた。つまり、この日は臥牙丸の化粧廻しをつけた力士が2人もいたことになる。 力士たちは意外にゲンをかつぐ。この前代未聞の土俵入りで、宇良以上に体を小さくしていたのは、くだんの付け人だった。 「もしこれで関取が負けたら申し訳が立たない。どうしよう」 と取組中、かわいそうなぐらい気を揉んでいたが、宇良は土俵入りのときの大騒ぎをまったく感じさせない軽やかな動きで60キロ以上も体重が重い富士東を突き落として勝ち、ひと安心。好発進の宇良も、 「余裕はなかったけど、勝てて良かった。化粧廻し? まあ、ちょっとした手違いです」 と一転してにこやかな顔だった。結果良ければ、すべて良しだ。ちなみに、この日の名古屋は35度以上の酷暑だった。暑さボケだったんでしょうか。 月刊『相撲』令和3年4月号掲載
相撲編集部