「パン作りから始めよう」 元市職員、復興への第一歩 ~宮城県・気仙沼~
「優しい味がする」と言われて
2018年2月から南三陸町のレンタル工房で週に2回程度パン作りをするようになりました。そのパンを買ってくれた人の言葉に励まされたのです。 「『優しい味がする』と言ってくれた人がいました。とにかく、自分が作ったパンで喜ぶ人の顔を見ることが嬉しいんです。パンを通して、そういった震災の傷が癒えているのかはまだ分かりませんが、パンの発酵していく姿をみて、活力をもらっているように思います 」
水野さんが自分の工房「いずみぱん」を開いたのは、2019年9月のこと。「東日本大震災復興基金」を財源にした補助金で、オーブンや発酵器、ミキサーなどの本格的なパン作りの道具一式を揃えました。現在5歳の長男を抱えながら週に5日パンを作り、委託先の気仙沼の就労支援施設の「働希舎かもみ~る」や南三陸町の社会福祉協議会「結の里」などに運んで販売しています。
パン作りで踏み出した「小さな一歩」
水野さんは、パン作りの仲間を増やすことも目指しています。水野さんがパンを作るのは朝だけなので、オーブンなどが空いている昼の時間帯に、工房をパン作りをしたい人に開放しようと考えています。 「あまりに急に町を失ってしまって愕然(がくぜん)としました。が、たくさんの支援をいただきながらインフラなどの復旧に全力を挙げ、元の町以上に素晴らしく整っています」 水野さんは話します。 「でも、復興は、『ここまでやったから復興した』、と測れるものでもないので、被災した人それぞれ感じるところも違うと思います。難しいところですが、傷ついたところから一歩でも前に進もうとしていることが復興なのかな、と私個人としては思います。私は小さな一歩が踏み出せました。同じように、パンで一歩を踏み出してみようかなと感じている人がいるならば、それを応援する側にまわれるよう努力していきたいと考えています」
震災からまもなく9年、気仙沼で水野いずみさんはやっと出合えたパン作りで、前に進もうとしていました。 「私がこの小さな工房を持つことができたのは、震災復興でお力添えしてくださった、たくさんの方のおかげです。パン生地のもつ柔らかな触感や、パンのふくらむ姿に、生き物である酵母の働きが感じられる。目には見えない小さな働きのおかげで命をつなぐ食が成り立つわけですが、私も本当に小さな営みではありますが、命をつなぐお手伝いをこの土地でずっと続けていきたいと思います」 (取材・文:立教大学大学院教授 宮本聖二)