“高度化”する漫画に感じた息苦しさ…元講談社の敏腕編集者が、Webtoonに見出した突破口
スマートフォンで漫画を読むことが当たり前となったいま、韓国発の縦読み漫画「Webtoon」は広く浸透、多数の作品が生み出されている。Penが主催する若手クリエイターのためのプロジェクト「NEXT」では今回、サイバーエージェントのコンテンツスタジオ「STUDIO ZOON」の協力のもと、Webtoonのコンペ×ワークショップを開催する。本プロジェクトでメンターを務める同スタジオの編集長・村松充裕さんに、Webtoonの現在地と可能性を聞いた。
“高度化”する漫画に感じた息苦しさと、Webtoonに見出した可能性
――漫画編集者として20年のキャリアを経て、2023年からWebtoon編集者としてスタートされましたが、きっかけは何だったのでしょうか。 漫画業界はいま非常に盛況です。漫画制作ツールが発達したことで参入障壁が低くなり、さらに雑誌以外のウェブやアプリの登場によって、作品数がとにかく増えています。マンガ原作のアニメが配信サービスを通してグローバルで見られるようになり、海外での翻訳出版の市場も成長しています。多くの才能が集まり、市場も広がっている。 ですが蓋を開けてみると、その売り上げの多くは一握りの“大ヒット作”と、過去の名作に支えられている状況です。市場全体は大きくなっているが、売れる作品は徹底的に売れて、売れない作品は徹底的に売れない。そして刊行点数の母数が膨大になっている分、個々の作品のヒット率も下がっている。全体を見ると好景気なのですが、新作をつくる立場にある現場の編集者や作家からすると、厳しい戦いを迫られている側面もあります。 また、“漫画好きのための漫画”と言いますか、高度でニッチな作品が増えていて、大ヒット作でも内容はかなり難解だったりします。そうなると、どうしても読解できる読者層は限られてきますし、結果、ライト層は少しずつ離れていっているとも感じます。 世の中には面白い漫画を描く作家さんがたくさんいます。でも、漫画好きを唸らせるような高度な大ヒット作をつくるには異能レベルの才能が求められるし、大ヒットしアニメ化などがされなければ、ライト層にも届けづらい状況です。もちろん漫画の可能性はいまも非常に感じていますが、誰でも楽しめるシンプルなエンタメが好きなイチ編集者としては、漫画だけをやっていることにだんだんと息苦しさを覚えるようにもなりました。 ――その突破口をWebtoonに見出したと。 そうですね。実は2010年前後にも似たような息苦しさを感じていたことがありました。その頃も同じように漫画が高度化して「自分の周囲の漫画好きはめちゃくちゃ漫画を読んでいるが、地元の友達は誰も読んでない」みたいな状況だったのですが、その後 電子書籍の登場でライト層がどっと流れ込み、シンプルな漫画も売れるようになっていきました。僕個人としても、その流れの中でヒット作を生むことができたのですが、当時の状況とWebtoon業界の現状は似ているなと。 ――どんな点が似ていると感じたのでしょうか。 高度化した漫画しか売れづらい構造の中で「いや、シンプルに面白いものを読みたいだけなんだけど……」というライト層の潜在的なニーズに応えているところですね。 2010年前後の状況を振り返ると、シンプルで面白い作品を描ける作家さんはたくさんいる。でも、漫画好きな書店員さんが好んで推すような高尚な作品しか売れない。そして、ライト層は「なんか最近の漫画は難しくてマニアックだな」と手が伸びなくなっている……といった作家と読者の課題があったわけですが、電子書籍市場の拡大がそれらを解決してくれました。 アプリや電子書店の登場によってライト層にも漫画が届きやすくなった結果、シンプルでわかりやすい作品も売れるようになり、その反響を受けて制作側もシンプルでわかりやすい内容を志向するようになりました。 今の状況は、当時と重なるように感じています。漫画と比べてWebtoonはスマホで読みやすく、内容もわかりやすいし、ライト層の目にも触れやすい。シンプルで面白い作品を描ける作家さんが当時は電子書籍市場で活躍しましたが、今度はWebtoonで活躍するのではないかと思っています。 ――たしかに、現状のWebtoonは「バトル」「ロマンス」「不倫」「復讐」などわかりやすいテーマの作品が多いですね。 エンタメの歴史を見ていると“俗っぽい”ところからスタートしてどんどん高度化していく性質がありますよね。ジャンルの成熟に伴って「こんなに高度なことができるようになったのか!」とハイエンドユーザーが満足する一方で、「もっとシンプルなものを楽しみたかったのに…」と離れていくライトユーザーもいる。そんな中で新たなジャンルが発明されて、「こっちはわかりやすくて面白い!」と、既存ジャンルから離れていたライト層が流れ込む。そのうちまたそのジャンルも成熟していって……と、この繰り返しですよね。Webtoonは構造的な課題もまだまだ多いのですが、まさにこの成熟の途上にあるんだと思います。