「チーズ」がうまく発音できないとリンチ! アクセントで身分を区別した中世ヨーロッパ
中世ヨーロッパでは、言語や言葉使い、アクセントから出身地域を見分け、「ヨソモノ」だとわかればリンチや追い剥ぎをしたという事例もあった。どういうことなのだろうか? 中世イングランドの厳しい身分制度と、それが招いた社会動乱について見ていく。 ■国王の土地に入っただけで、目をつぶされ、耳を切り落とされた 現代でも欧米社会の文化・風習には、フランス革命以前にさかのぼる身分制度の片鱗がうかがえることがあります。欧米において「昔は身分制度が厳しかった」というのは常識なのですが、地域や時代によって、その「厳しさ」の内容、方向性が大きく異なりました。 たとえば中世イングランドには、独特の厳格すぎる身分制度が存在していたことは有名です。とくに1215年以前のイングランドでは、気軽に森に散歩に行ったつもりでも、仮にそこが運悪く国王陛下の御料林であった場合、目潰しや手の切断、耳の切り落としなどの身体刑が与えられました。 なぜ「1215年以前」と書いたかというと、この年にあの「マグナ・カルタ」が発布されたからです。 失策を繰り返し、フランスにおけるイギリスの支配拠点をすべて失ってしまったがゆえに「失地王」と呼ばれたジョン王は、その責任を取る形で退位させられました。しかし、それだけで貴族たちの怒りは収まらず、彼らから突きつけたのが「英国王の権利の制限」であり、それをまとめたものが「マグナ・カルタ」こと「大憲章」だったのです。 ■「forest」=「国王陛下の狩猟用御料林」の意味だった 現在では英語の「forest」と「wood(正確にはwoodland)」は、すべて「森」という意味だと教わりますが、中世イングランドにおいて前者の「forest」とは「国王陛下の狩猟用御料林」という意味でした。 1215年以前であれば、御料林への無断侵入は恐ろしい結果を招く危険行為だったのです。そこには国王がわざわざフランスから持ち込んだウサギ、シカ、鳥が放し飼いになっていたので、獲物を捕まえようとしたり、花を摘んだり、果実を取ったり、薪を拾う行為でさえ国王の財産を侵犯しているのと同義だったので、国王が雇っている管理者に見つかったらアウトでした。 「マグナ・カルタ」の発布以降は、こうした悪習が若干緩和されましが、御料林に入り込んでも許されたのは貴族だけで、やはり庶民には手の切断など過酷な身体刑が待ち構えていたのです。 また、中世イングランドの森では、熊や狼より、フランス語を喋る人間に一番注意せねばなりません。彼らは国王の手先の森林管理官であり、当時の上流階級は英語ではなく、フランス語を喋っていたからです。 当時のヨーロッパの人々は姿かたちにさほどのバリエーションがなかったので、言語や言葉使い、さらにはアクセントで「身内」かどうかの区別がされました。喋っているのが英語か、フランス語かによって身分がわかるというのはその一例です。 ■「Bread and Cheese」の発音ができなければリンチ 庶民の間でも、アクセントで「ヨソモノ」を差別するだけでなく、ひどい時には攻撃対象にしたという事例もあります。 1381年、国王の厳しい徴税への反発から、イングランド全土で庶民たちによる暴動が起きました。とくにロンドンにおいては庶民たちが貴族などの上流階級はもちろん、庶民の中でも稼げる職業として有名だった羊毛技術者を襲うという事例がありました。 当時の羊毛技術者にはオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部の出身者という意味の「フランドル人」が多く、彼らの「Bread and Cheese」の発音は独特でした。このため、「Bread and Cheese」とうまく発音できなかった人は、リンチや追い剥ぎの対象となってしまったのです。 普段は淡々と暮らしているだけの庶民たちの怒りが、ときおり、何かの刺激によって一気に沸騰する……それも中世イングランドにおいて「ヨソモノ」が暮らしにくい理由でした。まぁ、これは中世イングランドに限ったお話ではないですね。
堀江宏樹