産後ケア利用中の安全、どう確保? 急拡大でマニュアル策定追いつかず…国がガイドライン改訂へ 横浜では死亡事故も
産後の女性の心身をサポートする市町村の「産後ケア事業」が全国で急拡大する中、赤ちゃんの安全管理が問題となっている。2022年には、横浜市から事業を委託されていた助産院で生後2カ月の女の子が亡くなる事故が起きた。背景には、事業急拡大の陰で具体的なマニュアル策定が追いついていない現状があるとみられ、国は本年度中にガイドラインを改訂し、安全管理を強化する方針だ。 (新西ましほ) 【写真】生後2カ月ごろの茉央ちゃん ようやく笑うようになったのに。なぜ娘の命は失われてしまったのか-。 2022年6月、横浜市に住む30代の女性が同市の助産院で宿泊型の産後ケアを利用中のことだった。女性によると、午後9時ごろ、長女の茉央(まひろ)ちゃんを寝かした後、助産師に預けて別室で就寝。真夜中の2時半ごろ、助産師に起こされた時には茉央ちゃんの呼吸が止まっていた。司法解剖の結果、ミルクを詰まらせたことによる窒息死だった。 助産院からは、布団に寝かせた状態でミルクを飲ませた後、体に綿毛布をかけ、食事の準備などのため30分ほど部屋を離れたと説明を受けた。当日の夜勤は1人。泣き声が聞こえるようドアを開けていたが、茉央ちゃんの顔が確認できる状態になく、無呼吸などに反応するセンサーも使われていなかったという。 茉央ちゃんの両親によると、市に対して事故の検証などを求めたが、市側は事故直後から「助産院の体制は市の委託基準を満たしていた」と回答。両親は昨年12月、安全管理の指導を怠ったなどとして、市や神奈川県助産師会などを相手に計約8900万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。 市側は請求の棄却を求める方針だが、一方で事故後は産後ケアを委託する際の安全管理の項目を増やし、国に対しても安全管理の基準を示すよう要望しているという。 野村総合研究所が昨秋、全国の市町村を通じて産後ケアの事業者に行ったアンケートによると、844事業者の2・3%が「事故があった」と回答。命の危険につながりかねない「ヒヤリ・ハット事例があった」は11%だった。 また、宿泊型施設の8割、通所型施設の7割が一時預かりを実施していた一方、安全対策のマニュアルを策定していたのは約250事業者にとどまった。 通常の保育施設では、16年に事故防止のためのガイドラインが定められ、睡眠中の定期的な呼吸確認やうつぶせ寝の禁止などが細かく義務付けられている。一方、国が定める産後ケア事業のガイドラインは「宿泊型の場合、1名以上の看護職を24時間体制で配置する」とあるものの、呼吸確認などの規定はなく、具体的な記述に乏しい。 乳幼児の死亡事故に詳しい都立多摩北部医療センター小児科の小保内俊雅部長は「不慣れな環境におかれた乳幼児は強いストレスがかかり、突然死のリスクが高まる」と指摘する。「自宅で赤ちゃんが寝ている間、親が家事などで離れるのとは全く違う状況。常にそばで見守る必要がある」 小保内さんによると、22年に東京都内の産後ケア施設でもうつぶせ寝の赤ちゃんが無呼吸状態となり、重い障害が残る事故が起きた。監視カメラと無呼吸センサーを使用していたが、防げなかった。小保内さんは「国が進める事業ならば、安全を守るための人員も責任を持って配置すべきだ」と強調する。 小保内さんが理事を務める日本小児突然死予防医学会は、産後ケアの安全管理マニュアルを今春策定。ネットで学べる助産師向けの教材と合わせ、近く公表予定だ。こども家庭庁も本年度中のガイドライン改訂を目指しており、安全対策について盛り込む方針だ。 茉央ちゃんの母親は「産後ケアによって救われる親たちはたくさんいる」と話す。コロナ禍で実家は頼れず、夫は繁忙期。「ワンオペ」育児に疲弊する中で保健師の勧めで産後ケアを利用し、子育てに前向きになれた-そんな3回目のケア中に起きた事故だった。 安全管理の基準やマニュアルをしっかり定めてほしいと訴える茉央ちゃんの両親。「こんな悲しい思いは、二度と誰にもしてほしくない。安全で安心できる場になるように声を上げることが、残された私たちにできることだと思うんです」