『逃亡者』90年代アクション映画がアカデミー賞にノミネートされた理由とは ※注!ネタバレ含みます
未完の脚本を乗り越えた現場の判断
このように、本作『逃亡者』が、アクション中心の作品でありながら、芸術性を評価されたというのは、この作中の文学的な可能性を俳優たちが見事にかたちにし、深い人間ドラマや、現実につながるようなテーマに接続することに成功したという部分が大きかったのである。 だが、この素晴らしい脚本は、じつは執筆作業が難航し、撮影が始まってからも完成せず何度も書き直されていたという事実もある。大きな予算がかかった作品としては、信じ難い危機的状況といっていいだろう。そこで役に立ったのは、俳優陣と監督の現場での即興的な判断だった。 とくにアンドリュー・デイヴィス監督は、のちに撮ることになる『チェーン・リアクション』(96)で、現場で新たなアイデアを発揮し、その場その場でプランを変えていくスタイルを持っていることを、主演のキアヌ・リーブスが証言している。この手法、あるいは本作で鍛えられた結果なのかもしれないが、いずれにせよ、こういった努力がギリギリのところで作品を救うことになったのは確かだろう。 作り手たちの予想を超えて、文学性までをもとり込みながら、大きな評価を得ることになった本作『逃亡者』。だが、じつはこういった薄氷の上を歩くような経緯を辿った映画でもある。このように、名作と称される作品が混乱のなかでできあがっていく場合があるというのが、映画製作の面白いところであり、ある種の醍醐味でもあるともいえるのだ。 文:小野寺系 映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。 Twitter:@kmovie (c)Photofest / Getty Images
小野寺系