『カンフーマスター!』子供時代の終わり、内なる少女の歩み
バスルームから始まった物語
「人は育った場所だけでなく、その人が愛する場所によって作られると私は信じている。」(アニエス・ヴァルダ)*2 『カンフー・マスター!』はジェーン・バーキンの家で撮られている。ジェーン・バーキンはこの物語を自宅のバスルームで想像していたという。自分で発案した物語であるにも関わらず、シャルロット・ゲンズブールが演じるルシーが母親を疑うシーンを撮る際、ひどく動揺してしまったという。ジェーン・バーキンは娘が母親のためにこの映画に出てくれたことを知っている。だからこそ、母親を疑うシーンを撮りたかったと思われるのが耐えられなかったという。マリー・ジェーンには、若い頃に自分よりずっと年上の恋人がいたという。ルシーは母親のそんな話を聞きたくない。 『ジェーンとシャルロット』で描かれていたように、ジェーン・バーキンは娘のシャルロット・ゲンズブールのことを心から誇りに思うと同時に、どこかで怯え、遠慮していた。『ジェーンとシャルロット』を経由した上で本作を見ると、ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールの切り返しショットには、お互いに愛を求めているのにどこかに遠慮があるような、“シャイ”な距離感を感じることができる。バーキン家のドキュメンタリーを見ているような錯覚を覚える瞬間があるのだ(本作にはジェーン・バーキンの両親や兄も出演している)。アニエス・ヴァルダの映画における被写体への親密な手触り、フィルムの肌触りのようなものが不意に浮かび上がる。 ロザリー・ヴァルダによると、母親のアニエス・ヴァルダの撮影現場は、父親のジャック・ドゥミとはまるで正反対だという。脚本や編集、参照する絵画作品まですべてが頭の中に準備されていたジャック・ドゥミに対し、アニエス・ヴァルダは現場で起こることに完全にオープンな状態で撮影に挑んでいたという。アニエス・ヴァルダは、ジェーン・バーキンの愛している人たちや場所を理解するためにカメラを向けている。そして、自分の息子マチュー・ドゥミを知るためにカメラを向けている。