『カンフーマスター!』子供時代の終わり、内なる少女の歩み
『カンフーマスター!』あらすじ
娘のルシーが自宅の庭で開いたパーティーで、泥酔した同級生の少年ジュリアンを介抱したマリー・ジェーンは、あろうことか15歳の少年に不思議な感情を抱く。ジュリアンもまた、40歳のマリー・ジェーンに恋愛感情を持っている。微妙な力関係の中、人目を盗んで密会を重ねる二人。そんなある日、二人がキスを交わしているところを、ルシーに目撃されてしまう。
子供時代の最後の一歩
「これは子供時代の最後の一歩の話であって、男性としての最初の一歩ではない。」(ジェーン・バーキン)*1 空手着を着た少年ジュリアン(マチュー・ドゥミ)がゲームの主人公の動きを真似てストリートを歩く。レ・リタ・ミツコのハイテンションな音楽が鳴り響く冒頭のスクロールゲームのような移動撮影だけで、既にワクワクが止まらない。日本では「スパルタンX」として知られる「カンフー・マスター」。ゲームの主人公トーマスはシルビアを救うために各階のボスを倒していくが、ジュリアンはこの映画で誰を救おうとしているのか? 本作は『アニエス V.によるジェーン B.』(88)の撮影中にジェーン・バーキンが思いついたアイデアを元にしている。ジェーン・バーキンの話を聞いたアニエス・ヴァルダは、『アニエス V.によるジェーン B.』の中にこの物語を組み込むのは難しいと判断する。二人は撮影を一旦切り上げ、『カンフーマスター!』(88)の撮影に踏み切る。この二本の作品には姉妹関係、あるいは母と娘のような関係性がある。バーキン家とヴァルダ家によるファミリームービー。いつか家族の映画を撮りたいと語っていたジェーン・バーキンにとっては念願の企画だった。この映画には娘のシャルロット・ゲンズブールとルー・ドワイヨン、アニエス・ヴァルダの息子マチュー・ドゥミが出演している。 『ジェーンとシャルロット』(21)の中でジェーン・バーキンはシャルロット・ゲンズブールに重要なアドバイスをする。孫のジョーを撮っておくようにと。すべてが変わってしまう前に。これはジェーン・バーキンにとって人生の指標となったアニエス・ヴァルダからのアドバイスを受け継いだ言葉だ。マチュー・ドゥミとシャルロット・ゲンズブールの夏休みに撮影された『カンフー・マスター!』には、瞬く間に過ぎ去ってしまう子供時代の輝きが記録されている。まるで『トリュフォーの思春期』(76)のように。シャルロット・ゲンズブールがごくごく普通の少女を演じているという点においても、この映画の稀少性は高い。ルシー(シャルロット・ゲンズブール)は、反抗的な少女でもスキャンダラスな少女でも世代の代弁者でもない。