祖母は焼死、9歳で母が死去…壮絶ないじめで退学など悲惨な経験を乗り越えイギリスの首相になった貴族とは? とある侯爵家の大躍進の歴史
「ソールズベリ原則」を確立した5代侯
その5代侯爵ロバート(1893~1972)は、第一次大戦に従軍し、実業界で働いたのち、36歳で庶民院議員として政界入りした。1935年には旧知のアンソニ・イーデン外相の下で外務政務次官に就いたが、38年にはネヴィル・チェンバレン首相の強引な宥和政策(イタリアやドイツに対する迎合策)に反発してイーデン外相とともに辞任した。その彼も第2次世界大戦(1939~45年)の勃発とともに、ウィンストン・チャーチル政権で自治領大臣に抜擢される。しかし政権側の貴族院に有能な指導者がおらず、チャーチルとイーデンの相談で、ロバートは父が有するセシル男爵位を譲り受けるかたちで貴族院に移ることとなった。 1942年からは植民地相と貴族院指導者を兼ねる。親子3代での貴族院指導者である。47年に父の死で5代侯爵となり、戦後も枢密院議長などを務め、保守党の重鎮となっていた。 そのような折に労働党政権が掲げた選挙綱領が総選挙で勝利をもたらした場合には、貴族院はその政策に反対しないとする「ソールズベリ原則」が確立されていく。彼の孫の第7代侯爵ロバート(1946~)も20世紀末に保守党貴族院指導者を務め、労働党政権による行きすぎた貴族院改革に歯止めをかけた。 なお、5代侯にはデイヴィッド(1902~1986)という作家の弟がおり、彼は評伝でも名声を確立した。その一冊が母方の祖先を描いた『メルバーン卿伝』。この本をこよなく愛読したのがアメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディであった。 君塚直隆 1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』(2018年サントリー学芸賞受賞)、『悪党たちの大英帝国』、『ヴィクトリア女王』、『エリザベス女王』、『物語 イギリスの歴史』他多数。 協力:新潮社 新潮社 Book Bang編集部 新潮社
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