「どこに落ちても…」報道されないISS(国際宇宙ステーション)異常事態と頻発する重大インシデント
8月にボーイング社の新型宇宙船スターライナーに不具合が起こり、クルー2名が現在も ISS(国際宇宙ステーション) に足止めされている事態は広く報道された。9月6日に無人のまま、無事にスターライナーを地球に帰還させたが、実は建設開始から27年が経過したISSにも多くの重大インシデント(事故につながる事態)が頻発している──。 【宇宙船事故の瞬間】すごい!NASAがライブ配信したロシアの宇宙船から冷却水噴出事故の瞬間 「今年の4月には船内の空気が1日当たり1.7kg、通常の4倍の速度で漏洩しています。9月時点でその漏洩は3分の1に減っていますが、ISSのリスク度は最高値のレベル5に引き上げられています。この事態は’19年から常態化しており、いまだ明確な対処法は見つかっていません」(NASA監察総監室) ◆ISSのトラブルの大半はロシア側で起きている 複数のモジュール(部品)で構成されるISSは、機首側のアメリカ区画と、後部のロシア区画に大別されるが、クルーが全ハッチを閉じて観察した結果、空気漏洩はロシア側のモジュール(PrK)で発生していることが判明した。しかし、その亀裂は微細であり、正確な箇所が特定できていない。 「実は、ISSのトラブルの大半はロシア区間で発生しています。しかも老朽化だけでなく、新造された宇宙船でも起きているのです。もっとも危機的な事故は’21年7月に発生しました。ロシアは新型の多目的モジュール『ナウカ』を打ち上げてISSにドッキングさせましたが、その3時間後、ナウカのスラスター(姿勢制御装置)が突然作動。その異常噴射は地上局からの遠隔制御によっても止められず、ISSはバク転をするように機首を上げながら回転しはじめたのです」(サイエンス誌編集者) この前代未聞の事態に際し、NASAは緊急事態を宣言。ナウカの燃料がなくなったことで、やっとその回転は停止。軌道から大きく外れることもなかった。ナウカの接続ポートがISSの重心位置からずれていたため回転運動となったが、もし重心位置に近いポートにドッキングしていたら、ISSの船体は長時間にわたって地球に向けて引きずり下ろされていたはずだ。 「回転によって通信アンテナの向きがずれ、この緊急事態の最中に地上との通信が2度にわたって途絶しました。もし回転が長時間続いていたら太陽電池パネルに太陽が当たらなくなり、電力ロスによってシステムが停止した可能性もあります。また、無重力であっても機体が回転すればGが掛かるため、回転レートが速ければ脆弱な部分が破断する可能性もありました。 緊急事態が発生するとクルーは宇宙船に乗り込み、即座に地球へ帰還できるよう待機しますが、ISS自体が回転している状態では宇宙船のアンドッキング(分離)も不可能です」(前出・編集者) こうした事態は明らかにISSにおける過去最大のインシデントと言えるが、テレビや新聞ではほとんど報じられることがなかった。 ◆中国に覇権を握られたくないアメリカの思惑 ロシア機材によるトラブルはその後も多発している。’22年12月には、ISS にドッキングした宇宙船ソユーズ「MS-22」から冷却剤が漏洩した結果、機体は無人の状態で地球に戻され、乗員は後続の「MS-23」で帰還した。 また、2ヵ月後の’23年2月には無人の補給機プログレス「MS-21」でも冷却剤が噴出。さらに同年10月にはナウカでも同様の漏洩事故が発生している。それなのに、なぜ老朽化し、危険な状態のISSの運営を今も続けているのだろうか。 ’14年のクリミア侵攻からウクライナ戦争の勃発に至るまで、各国から経済制裁を受けるロシアには、ISS を維持する十分な資金が確保できない状態にある。そのため、ロシアは早期にISSを廃棄したいと考えている。そもそもISSの運用は、当初’15年までが予定されていたが、アメリカの思惑によって’20年、’24年、’30 年と引き延ばされてきた。 「現在、ISSの代替機となる4機の民間宇宙ステーションが開発・製造されていますが、そのスケジュールも遅延しているのです。代替機が軌道投入されないままISSを廃棄すれば、中国宇宙ステーションだけが地球周回軌道上に存在することになります。宇宙の覇権を維持したいアメリカにとって、その事態だけは避ける必要があるのです」(前出・編集者) ただ、ロシアは今後のISS運用に確信が持てず、’28年までの協力しか表明していない。そのため、今後さらなる問題が発生すれば、ロシア・モジュールにつながるハッチは閉ざされ、ロシア区画をデッドスペースにした状態で運用される可能性もある。そうなると、最終的には、アメリカの独力でISSを太平洋に落とすことになる。 ISSの総質量は450トン。サッカーコートと同等のサイズ(幅 108.5m)と、かなり巨大だ。現時点では’31年に太平洋に落とされる予定だが、不安は全く払拭されていない。 ISSの大部分は大気圏で燃え尽きるが、鉄やチタンなど硬質なパーツの一部(いわゆる「スペースデブリ」と呼ばれる宇宙ゴミ)は燃え尽きずに地表に落下する。そのためISSは、あらゆる陸地からもっとも離れた南太平洋の海域「ポイント・ネモ」(ラテン語で「無人」の意)に落とされる計画だ。 ◆居住区域に落ちた部品は全てISSと同様の軌道から分離したもの 「ISSは地表から高度410kmの軌道を秒速約7.7kmで航行しています。ポイント・ネモの限られた海域にISSを落とすには、非常に高度な制御技術が要求される。3年にわたって徐々に軌道高度を落とし、その精度を上げていくのですが、少しでも降下タイミングがずれれば居住地に金属パーツが降る可能性があるのです。 NASAの技術をもってすれば、破片が居住地に落下する可能性は低いはずだと誰もが思いますが、デブリが地上に落下する事故は近年でも頻繁に発生している。つまり、どこに落ちてもおかしくない状態が続いているのです」(前出・編集者) ’24年3月には、ISSから軌道上に投棄された2.6トンの使用済みのバッテリーパックが大気圏で燃え尽きず、その一部がフロリダ州の民家の屋根を突き破った。死傷者は出ていないが、現時点でNASAは賠償請求に対応している。 また、’22年にはオーストラリアの農園、’24年5月にはカナダの農園に。その翌月も米ノースカロライナ州の山岳地帯に、スペースX社の宇宙船クルードラゴンのパーツが落下。すべてISSへ往復する機体、つまりISSとほぼ同様の軌道(傾斜角)を航行する機体から分離したものだ。 ISSを地球に落とすその瞬間まであと6年半だが、それまでは、ISSが我々の頭上にある”今そこにある危機”ではあることは間違いない──。 取材・文:佐々木敏夫
FRIDAYデジタル