地域の経済を盛り上げる、札幌の「ネクストリーディング企業」訪問記
会社の規模は小さくても、グローバルで偉大な存在感を放つニッチトップ企業が日本にはたくさんある。Forbes JAPANは、そんな「小さくても偉大な企業」を「SMALL GIANTS」と名付けて発掘・表彰するプロジェクトを2018年から展開中だ。全国の優れた中小企業を幅広く応援する目的で自治体との連携も進めており、この9月には札幌市と新たに、地域社会の活性化並びに相互の情報発信力の向上を目的とした連携協定を締結した。 札幌市は地域経済を持続的に発展させることを目指して、地元企業やスタートアップなどを支援する取り組みに力を注いでいる。そのひとつが「SAPPORO NEXT LEADING」だ。札幌市が将来にわたって地域の経済をけん引していく可能性のある企業を20社認定。各企業の目標達成に向けて、集中的に支援・伴走し、地元経済の好循環を目指すという。 今回はそんな「SAPPORO NEXT LEADING 企業」のうち、3社を訪問する機会を得た。地域に根ざした企業のオンリーワンな取り組みについて紹介していこう。 ◾️「気持ちいい」箱をつくるモリタ 箱のフタを開ける。そして、フタを閉じる──。そうしているだけで「気持ちいい箱」というものがあるのだ、と初めて知った。 モリタ(北海道札幌市白石区)は、紙箱の製造会社である。創業は1932年、地元百貨店の贈答用の紙箱を製作することからスタートした。それから92年が経った今、モリタの代名詞となっているのが「Vカットボックス」である。 Vカットとは、厚手の紙にV字の切れ込みを入れ、その部分を折り曲げて箱をつくる手法のことだ。角の部分が直角になるので、高級感のある紙箱ができる。iPhoneの包装などでよく知られているが、モリタの「Vカットボックス」は、それらとも一線を画する。最も大きな違いは、機械貼りでなく、ひとつひとつ職人の手作業でつくられている点だろう。 「弊社ではパッケージのなかでも、ちょっと手の込んだ高級なパッケージを得意としています。Vカットを手掛ける会社は日本に数社ありますが、弊社と同じ形状のVカットBOXを作成できるのは、日本では5社もありません」 同社の箱プランナーで常務取締役を務める守田英世氏が示したのは、卓上に並べられた色とりどり、形も大きさもさまざまな紙箱。それらのなかには和歌山のアロマチョコレート、北海道の限定クラフトジン、カリフォルニアのワインといった品々が収まることになるのだが、何も入っていない空箱の状態でも、まるで工芸品のような趣きがある。 ◾️飛躍のきっかけは「Mr. CHEESECAKE」の紙箱 モリタの代表的なプロダクトが、「Mr. CHEESECAKE」の紙箱だ。同店からモリタに問い合わせがあったのは、2018年のことだった。 「弊社の箱を見たデザイナーの方からお問い合わせをいただきました。”シンプルな美しさを追及する”というイメージは固まっていたので、箱もシンプルで日本的な美しさが伝わるものを目指しました」 配送時にケーキを完璧に保護する箱であることは当然として、こだわったのはフタの開き方だ。普通のケーキは指輪の箱のように上部だけが開く箱に入っていることが多いが、これだと持ち上げて取り出すときに崩れてしまう恐れがある。 「そこで下から大きく開くようなデザインにしました。そうすれば、フタを開けてケーキを横に引き出すだけで簡単に取り出せますから」 こうして、立方体にブロンズ色の箔押しされた唯一無二のVカットボックスが完成した。「Mr. CHEESECAKE」の創業者、田村浩二氏は完成した箱を見た瞬間、「Mr. CHEESECAKEになった」と喜んだという。モリタの箱に入った商品が販売されると、コロナ禍によるおこもり需要もあって、瞬く間に完売。今や「SNSでも話題のチーズケーキ」として知られるようになり、これ以降、モリタには全国各地から、オリジナルボックスの注文が相次ぐこととなる。 ◾️「多品種少量生産」を可能にする職人技 モリタのホームページには”身も蓋もある”というキャッチフレーズが掲げられている。どんな中身でもどんな形でも、「それはできません」という”身も蓋もない”商談はしない。顧客からのリクエストに真正面から取り組むことが、モリタの技術力を育てている。 「弊社のパッケージはオーダーメイドが基本で、年間1000種類以上をつくっています。『多品種少量生産』は弊社の特徴のひとつ。あとはデザインへのこだわりですね。打ち合わせ段階から地元(札幌)や全国各地のデザイナーにも入ってもらって、中身の世界観を伝えるような箱をつくることを目指しています」 守田氏の案内で工場を見学すると、柔らかな日の差し込む空間で人々が黙々と手を動かし、機械音は意外なほど静かだった。箱のおおまかな製造工程は、1.芯材となる紙を断裁、2.箱を折り曲げるための溝をVカットでつくる、3.サイドのパーツをはめる溝を切り込む、4.箔を押す、5.箱を貼り付ける、というもので、まさしく職人の手作業の世界である。 「例えば、Vカットのための溝をどれくらい掘るか。浅すぎると綺麗に曲がらないし、深すぎると強度に不安が出ます。その日の気候や湿度によっても状態が変化しますので、0.1mm単位の微調整にこだわって仕上げています」 モリタの箱を開けて閉めるだけで、なぜこれほど気持ちいいのか、それで合点がいった。力を入れずともスムーズにフタが空き、いったんフタを閉じれば、ぴたっとホールドする感覚が伝わってくる。よく見ると、フタの受け口となる箇所にも溝が彫られており、凹凸がぴたりとハマるようになっているのだ。 「そうなんです。溝の彫り方が企業秘密なんです」と守田氏は笑う。近年ではヨーロッパでの展覧会にも出品し、その技術力は高く評価されている。 箱の中身を完璧に保護するにはどうすればいいのか。フタがどのように開いて、どうやって閉じれば、受け取った人に感動を与えられるのか。箱の細部に至る小さな工夫を積み重ねることで、その中に入っているモノのブランド価値を上げていく。それが”身も蓋もある”モリタの真骨頂である。