親に反対されても芸能界にこだわった妹…14年前に家族の縁を切るまでのいきさつ
落ち着いたのではく、単に絶望していた妹
「そのあと、妹は専門学校をやめて、渋谷のアパレル店で働き始めました。親への反抗もやめてしばらく静かに暮らしていました。やっと落ち着いたのかも、と両親も安堵して、私ももう少し妹といろんな話をしようと、考えるようになりました。この頃は家族にとって一番安定していた時期だったのかもしれません。でも、それはこちらの勝手な解釈で、妹は落ち着いていたのではなく、単に絶望していただけだったのかもと今では思います。このときすでに、私たち家族への信頼はすでに終わっていたのかもしれません。ただ、当時の私には妹の気持ちにそこまで察することができませんでした」 その後、妹さんは結婚し、マリさんも結婚をした。しかし、これでハッピーエンドにはならなかった。妹さんは2年で離婚し、実家に戻ってきた。夫のモラハラが原因だったという。両親もマリさんも妹さんの心中を察して、離婚なんて珍しくもないし、生活を立て直すまで、実家で暮らしながら仕事探せばいいじゃない、と話していた。 ところがしばらくすると、夜になると複数の男性が車で迎えに来るようになった。男性たちは玄関先までは来なくて、手前の路地に車を停めて、妹を待っていた。 「実家に帰ったとき外で見かけたことがあったんですが、明らかに半グレ風の男性といっしょにいて、妹も当時流行っていたギャル風の派手な格好をしていました。このとき、妹はまだ20代だったんで、まだ遊びたかったのかもしれません。離婚した当初は親からお金を援助してもらっていたようですが、それでは足りなくなり、最初はキャバクラ、その後胸を出して接客するお店で働き始めたのです。 そして、またその仕事が親にわかってしまい、大騒ぎになりました。妹はその後すぐに、実家を出て行きました。それからはお正月や親戚の法事などには呼べば顔を出ししたりしましたが、実家にはほとんど顔を見せなくなりました。母と私とはたまに電話で話すことはありませしたが、その回数も次第に減っていきました。 そして、14年前に、葉書で『結婚しました』と妹から通知が来ました。知らない男性と寄り添っている写真がついていました。驚きましたが、再婚したのは正直うれしかったので、『おめでとう! 』を伝えたくて電話をしましたが、コールバックはありませんでした」 そこから妹さんとの連絡は取れなくなってしまったという。 「妹は両親も私も自分の人生にはいらないと、捨てたのです」 ◇後編「父は認知症、母は歩行不自由…それでも絶縁した「芸能志望の妹」は帰ってこない」では、妹さんがいなくなった後、両親の介護を担うことになったマリさんの心情について話を伺う。
佐々木 美和