まだApple Vision Proを使っている理由、あるいは3D映画マニアの悲喜を長文で語る (2024年ベストバイ)
毎年ひとつに絞れないベストバイ。気に入って日々使っているものでいえば、Ray-Ban Metaスマートグラスが年間を通じたアップデートで次々と便利な機能を加え、もはや別物のAIメガネに進化しましたが、発売は2023年秋でした。 【この記事の他の写真を見る】 そのほか、カメラ枠ではイベントや忘年会シーズンに活躍したHOVERAir X1 Smart (99gのドローン)、ゲーム系では性能強化以上に良い買い物だったPS5 Pro、ゲーミングイヤホンの到達点といえるSteelSeries Arctis GameBuds、あるいはAnalogueの高品質なレトロ互換機……とキリがありません。 悩んだ末、そういえば今年だったか?と思い出した Apple Vision Pro にしました。思えば米国での発売から約10か月、国内発売からは半年しか経っていません。 Appleが掲げる「空間コンピューティング」の遠大なビジョンはともかく、現時点での一般的な評価でいえば、画質や品質は驚異的、でも高い・重い・キラーアプリ不足と微妙な立ち位置で、少なくともこの世代は、開発者と好事家向けのニッチ製品であることは広く知られるとおり。 とはいえ極私的なベストバイ企画でもあり、好事家のなかでもさらに少数派の「Vision Proまだ使ってる人」の端くれとして、全くもって一般的でない、でも無二の魅力を記しておきます。 ■ ニッチ趣味者が使わざるを得ない理由 当初の「すごい!」から、一時は「もう使ってない報告」のほうが目につくほどだったVision Pro。個人的にはいまも高頻度で、業務でもそれ以外でも日々活用しています。 仕事としては、Vision Pro自体や各社アプリ・サービスの評価に加えて、Macの仮想ディスプレイ機能を、持ち歩けて覗き見されないウルトラワイド・モバイルディスプレイとして便利に使っています (覗き見されないかわり、使っている姿をガン見されますが)。 まだ使ってるの?一体何に?と怪訝な顔をされることも多い仕事以外の使い道は、「Apple TVとDisney+の3D映画を見るため」。 世の大半の人が特に興味をもたない、どころか忌避する人も少なくないキーワード「3D映画」を出してしまって恐縮です。かつて家電メーカーが盛んにアピールしていた3D対応テレビがいつの間にか姿を消してしまったことが示すように、体験を共有するイベントの側面が強い映画館やテーマパークでの上映ならともかく、自分でわざわざ出費をしてまで3D環境を揃えたいと思わない、映画館でも別に追加料金払ってまで3Dを選ばない、むしろ見づらいから積極的に避ける、あるいは映画芸術として邪道?な見世物だと低く見るかたが多いのは、ニッチな趣味者として重々承知しております。 それでも特にVision Proが3D映画視聴デバイスとして特別である理由は、不人気の原因であった、3D映画が抱える欠点の多くを克服した優れた視聴体験であることが前提としてひとつ。それ以上に決定的なのは、配信も円盤もなく他の手段では現実的には見られなかった高画質の3D映画が独占で配信されていること。 個人的に、気に入った映画は映画館で2Dや3D、ものによってはアトラクション的な4Dなどフォーマットを変えて何度も見ることが多いのですが(高頻度で寝る。良いとこだけ自動的に起きる)、たまたま逃して3Dで見られないことや、本来は3D版もあったが日本国内では2Dのみ上映だったり(わりとある)、特に昔は映画館でも3Dの上映環境が悪く、体験が損なわれたといったことも少なくありません。暗くて全然見えないやつとか。 気に入った作品の再見はもちろん、(3D)未見の作品をVision Proの鮮明な3Dで好きなときに視聴できるのは、この手のデバイスがかなり疑わしい宣伝文句にしてきた『自分だけの映画館!』がとうとう本物になった感慨があります。 ■ 3Dの何が良いのか。3D映画はなぜ微妙なのか そもそも的な話として、3Dの何がそんなに良いの?3Dテレビは結局ダメだったでしょ?について少し。何が良いかといえば、もっともシンプルな回答は、特に画角が広いときは、より現実に近い没入感があるから。 人間は映像メディアが生まれるはるか以前から両眼で立体視をしてきたことを思えば、3D映像は何か特別で不自然なものというより、本来はむしろ自然な視聴体験になってもおかしくないはずです。 Appleはカメラアプリで被写界深度の浅い、ボケを活かした動画を撮るモードを「シネマティック」と呼んでいますが、焦点をあわせた被写体はくっきりと、背景はぼかした映像は、人間の視覚特性をそのままストーリーテリングと結びつけた、まさに「映画的」表現として広く受け入れられています。 人間の視覚から考えれば、3Dつまり両眼による立体視は、この当たり前すぎて意識すらされない「シネマティック」 なボケの表現と密接に結びついています。レンズで焦点を操りストーリーを語ることで映画表現は発達してきました。 実のところ、アトラクション的な3D映画でも「飛び出してびっくり!思わず避ける大迫力!」系より、いわゆる映画らしいフォーカスの表現を補強する使い方のほうが多数。通常レンズで撮影してコンピュータで3D化する「コンバージョン」作品、3Dを前提にしない作品では特にその傾向があります。 その意味で、3Dは本来であればイロモノではなく、映画そのものの「シネマティック」表現をより自然に、豊かにするものであるはずです。 3Dと似て異なる360度動画は視点の誘導が難しく、VR作品に似た別種のストーリーテリング技法が必要になりますが、スクリーンの3D映画は通常の2D映画同様の視線誘導のうえで没入感を強化した表現ともいえます。 ■ 3Dの課題と忌避 ……いえるはずですが、現実の3D映画はやはりアトラクション的な立ち位置で、映画好きでもどちらでもいい、わざわざ選ばない、どころかむしろ見づらいと積極的に避ける向きもあります。 これにはいくつか理由がありますが、どちらもおおむね技術的・興行的な理由で、要は3D映像にはコストがかかり、自然な表現や快適な体験が難しかったことに尽きます。 通常よりもコストが掛かるゆえに、わざわざ3Dで撮ったり3Dコンバージョンするのはいわゆる「3D映え」する作品、アクション大作やアトラクション的な娯楽作品が中心になり、これが「3Dなんて映画芸術の邪道、見せ物」という世評につながります。 ただこれもあくまで傾向であって、怪獣や宇宙人やロボットが大暴れする作品以外にも、たとえばダンスやミュージカルなど臨場感が重要な作品で3Dが使われていたり、監督の志向から特別な3Dカメラで撮影されている作品も少なくありません。 また近年では多くのジャンルに拡大している手法のCGアニメーションや、実写に近いCGを多用した作品は、もとからある奥行き情報を使って精緻なネイティブ3D化できる場合があることから、こちらも高品質な3D版が多くなっています。 一方、3D上映されることが多いジャンルのファンでも、見づらいからと3Dを避ける人が多いのもまた事実。これは、特に最近までは映画館でも技術的に3D上映には制約があり、多くの点で2Dより劣る体験になったこと、特に家庭用ではさらにその傾向が強かったことが理由です。 3D映像は、簡単にいえば左右の眼に別の映像を届ける必要があるために、従来の技術ではスクリーンに写った映像を何らかの方法で分割してそれぞれの眼に届けています。 映像を左右に分けるには偏光を用いたり、左右交互に暗くなる高速なシャッターを用いるなどさまざまな方式がありますが、基本的には片方の眼に入る光が半分になるため明るさが落ち、鑑賞者の視力や作品の内容によっては非常に見づらくなっていました。 デジタル上映への転換や設備の更新を経て、またいわゆるPLF (プレミアム・ラージ・フォーマット)上映館の人気もあり、高品質なスクリーンや高出力の映写機が普及するようになりましたが、逆にいえば以前の3D映画は奥行きがあっても細部が見づらく、せっかくの作品がよく分からん場合も多々ありました。 加えてメガネの装着感や曇り、方式によっては姿勢(頭の角度)で映像が乱れるなどの問題、しかも興行的に追加料金になることもあり、3Dだけは避ける人がいるのも仕方ありません。 家庭用ではさらに厳しく、一時期メーカーがプッシュしていた安価な3Dテレビの方式では左右の目それぞれに解像度が半分になった映像を届けるため、わざわざ再生環境を揃えて人数分のメガネを買い、3Dブルーレイの円盤を買ったうえで、見づらく暗く粗い映像を我慢するという、トレードオフの多すぎる謎趣味と言われても仕方がない状況でした。 解像度は高ければ良いものではありませんが、ステレオ立体視の場合は2枚の画像を脳内で合成するため、解像度が低いと特にエッジにチラチラとしたアーティファクトが目立ち、2Dのほうがよほど自然で見やすくなる弱点があります。 ■ Vision Pro で見る3D映画のどこが良いのか やっとVision Proの話になりました。技術的にいえば、Vision ProなどのVR / XRヘッドセットは最初から両眼それぞれに別のディスプレイを用いるため、3Dだから画素数が2Dの半分になることも、明るさが半分になることもありません。(ある意味、最初から半分ともいえる) 一方、ヘッドマウントディスプレイは4Kで目が肥えた視聴者にとっては粗が目立ちすぎる解像度であったり、潜望鏡を覗いているような狭い視野角で、逆に映画館の没入感にはほど遠い問題があります。 また遅延よる酔い軽減の効果がある高リフレッシュレートを優先して、明るさや色再現性、コントラストといった画質は後回しになったり、光学系の都合から格子状のピクセルの隙間が見える、視界が歪む、色がズレるといった、ヘッドマウントディスプレイの弱点ともいえる問題もあります。 Vision Pro の隔絶した高画質は、従来のVR / XRヘッドセットが抱えていた上記のような問題の多くを、完全解決ではないものの大幅に改善します。 たとえば片目につき4K弱相当の高精細。視野全体の数字であって、見やすい距離 / 画角にスクリーンを置いた場合は映像にすべての画素を使えるわけではありませんが、視界の中心にかけて高精細になっている設計もあり、フルHDのディスプレイを直視したときの甘さの少ない、生々しい映像が楽しめます。 色再現性やコントラスト、歪みの問題についても同様。Meta Quest など他社のVRヘッドセットでも当然3D映像は見ることができ、かつての劣悪な3D環境に比べれば、特に明るさで優れた体験ができますが、3D映像にとって重要な解像度の問題があり、Vision Pro の鮮明な立体感には及びません。 ■ 最大の魅力はソフト供給 「3D映像は本来、人間の視覚にとって自然で没入感に優れる」「しかし技術的な制約が多すぎ、快適な視聴は難しく、環境もソフトも普及しなかった」「Vision Proは飛躍的に優れたディスプレイで理想的な3D映画鑑賞環境に大きく近づいた」をくどくどと述べてきました。 しかし実は、Vision Proがもっとも優れているのは画質云々ではなく、「Appleの力で、他の環境ではそもそも見る方法がない高画質の3D映画が独占配信されているから」という身も蓋もない理由です。 歴史的な経緯もあり、一般消費者の3D映画への興味や家庭向け再生環境への需要はさほど高くはないものの、AppleはVision Proを通じて「空間コンピューティング」のビジョンを打ち出しており、その一環として立体映像にも力を入れています。 180度近い画角で3Dのイマーシブ・ビデオを制作したり、3Dカメラやソフトウェアメーカーとの協力、そして3D映像や空間ビデオのための新たなフォーマットMV-HEVC採用などがその例です。 規格についていえば、いわゆる4K BD、UHD Blu-ray は4K解像度やHDR対応で家庭での映画視聴体験を飛躍的に向上させましたが、そもそも家庭で高画質な3D再生環境がなかった・普及が見込めない状況もあり、3Dに対応していません。 つまり3D映画を家庭用ソフトで入手したいなら、4K HDRの美しい2D版があるのに、わざわざ1/4の解像度で発色も劣る旧規格3D Blu-rayで見るしかない、3D映画好きには二重三重に苦しい時代が続いてきました。 どんなに頑張って高画質な再生環境を揃えても、肝心のコンテンツがパッケージ販売も配信もされていなくては意味がありません。 3Dに対応する配信サービスも少数ながら存在はしていましたが、画質が3D BDよりさらに劣ったり、タイトルが限られるといった問題がありました。 たとえばBigscreenはMeta Questで楽しめる3D映画を上映していますが、タイトルはごくごく少なく、都度チケットを購入して見る方式です。(見放題や多数のカタログを用意すると、映画会社からのライセンス費用でビジネスが成立しないため)。 一方、Vision Proはアップルの空間コンピューティング・空間ビデオ推進戦略、関連企業とのパートナーシップにより、3D映画の配信が過去にないほど充実しています。 Vision Proの発表時にはCEOが登壇してパートナーシップをアピールしたディズニーは、現時点で Vision Pro向けDisney+アプリでのみ、4K HDR の高画質3D映画を多数、見放題で配信中です。 追加料金はなく、通常のDisney+に加入してさえいれば、Apple Vision ProでマーベルのMCU映画やスター・ウォーズ、DisneyやピクサーのCG映画、そしてアバターなど、多数の3D映画が高画質で楽しめます。 こうした作品の多くは、Vision Pro以外では高画質で見る現実的な方法がありません(映画館で再上映を見る、自分で配給を受ける、ホームシアター向けの高額なサービス等の方法はあるかもしれませんが)。 Vision Proの3D映画配信はDisney+だけでなく、Appleの自前サービス Apple TVにもセクションがあり、他社映画はこちらで視聴できます。たとえば元がCGなので3Dと相性が良いイルミネーション作品『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 』など。 過去の作品も3Dで配信しているため、監督が拘って3D撮影した作品だけれど2D版しか見たことがなかった映画や、劇場では3Dで観たけれど設備が悪く暗くて分からなかった作品を、鮮明な画質で改めて楽しめるのも魅力。 イベント的な意味では、設備の優れた物理の映画館や、誰かと一緒に見る体験に勝るものはありませんが、Vision Proであれば隣の客ガチャで台無しになるリスクもなく、常に最高の席で視聴可能です。 ニッチもさらにニッチですが、映画は迫力優先、前列ブロックでスクリーンが視界を覆うのが好みという場合、客席が傾斜した映画館では前列ほど見上げる形になりますが、Vision Proでは当然ながら真正面で観られます) ■ 高くてトレードオフも多数、それでも無二のプライベートシアター Vision Proももちろん理想の完成形というわけではなく、たとえば視界全体で片目4Kの解像度は、スクリーン部分だけを見れば4K未満になり、2Dの4Kテレビよりは劣ることになります。 視野角もまだ狭く、アスペクト比が特に横長の映画は、首を振らずに収まる範囲に縮小すると物足りなくなり、視野の外に出てしまえば現実と違い周辺視野に届くこともありません(なので相対的にIMAXのほうが嬉しい)。 光学系の歪みは少ないものの、暗い仮想環境では視野の端にレンズの反射光が入って気になる現象もあります。 また音声についても、AirPods Pro や Maxの空間オーディオは個人の耳にあわせるだけあって非常に優れているものの、やはり映画館の爆音や本物の天井・背面スピーカー、あるいは家庭でもサブウーファーの迫力には敵いません。 装着感についても、映画館の3Dメガネどころではない締め付けや重さがあり、長時間を快適に視聴するなら各自でバンドやアクセサリを工夫する必要があります。 (最近は横になった状態でバンドを着けず、目の上に載せて使っています) このように制約は多く、また高価でもあるものの、4K 3D対応のプロジェクターや上質なスクリーンはなおさら高価で場所も必要になること、揃えたとしても肝心の映画が配信されていないことを踏まえると、「(3D)映画のためにVision Pro」、あるいは「Appleの新技術やアップデートを最前線で体験しておきたい、ついでにポータブルな映像視聴環境も」は、現時点でも決して悪い選択肢ではありません。 3D映画に特に興味がない人に、そのためにVision Proを買って改めて魅力に触れて欲しいとはいえませんが、別の理由で購入したなら、ものは試しに好きな映画の3D版や、評判の高い3D映画をぜひ視聴してみてください。 マーベル映画が好きならMCUを3Dでもう一周するもよし、定番のアバターを2とあわせて見るのもよし。ヒット作の『Gravity』(ゼロ・グラビティ)は、3Dだと空間の広さと没入感に恐怖すら覚えます。 スター・ウォーズは、残念ながら1-6の3D版が配信されておらず、本編では近作の7-9のみ3Dですが、本編よりも高評価されることもあるスピンオフ『ローグ・ワン』が3D配信あり。 個人的なおすすめは、巨匠マーティン・スコセッシが撮った『Hugo』(ヒューゴの不思議な発明)。3Dカメラ撮影とCGを併用して、全編3Dで映えるショットの連続です。内容としては少年ユゴー(ヒューゴ)が主人公の、家族で観られるドラマ。ゴールデン・グローブの監督賞や、アカデミー賞を5部門獲得、6部門ノミネートと高い評価を得た作品でもあります。 3D抜きにしてもお勧めと言いかけて、3Dを前提とした画作りや見せ場なので、むしろ2Dで観ないで!と思ってしまうのがジレンマです。『映画は見せ物か芸術か』に対して、映画とは何か?のスコセッシ的な答えがあります。
TechnoEdge Ittousai