元IT起業家、中華料理を進化させる香港のレジェンドシェフ
レジェンドシェフの「夢」とは
「今後5~6年、自分の感覚が研ぎ澄まされている間は、伝統を大切にしながらも、より強くオリジナリティにこだわって、スペシャリテを開発するなど、自分の料理を高めていきたいですね」ととイップ氏。チェアマンファンにとっては大きな喜びであろう。 多くの料理人が彼の考え方、料理に向き合う姿勢に影響を受けたとはよく言われることだ。その一人に、2024年のアジアトップに立ち、三ッ星にも昇格したフォーシーズンズホテル 丸の内東京内「セザン」のダニエル・カルバートシェフがいる。 彼が2016年、香港に移り住んだときに初めて訪れたレストランが偶然にも「The Chairman」で、これまで食べてきた中国料理とのあまりの違いに衝撃を受け、以来、親しく交流を重ねてきたそうだ。料理のみならぬ深い知識、ゲストとの関係構築など、多くのことを学んだと聞く。このように未来を担う世代の料理人に、ジャンルを問わず影響を与えてきたことも功労賞受賞の一因であると思われる。 一方、何より食材の鮮度を重視する広東料理であるから、温暖化を含め、地球環境の悪化には心を痛めている。 「香港のような食糧自給率の低い国にあっても私は、多少は割高になっても、なるべくローカルマーケットや中国南方のものを使うようにしています。野菜はもちろん、肉もラム以外は地元で充分、魚介はもちろん問題ありません。そうすることが地元の第一次産業を応援することにつながり、ひいては地球環境の緑化に繋がると思うからです」 そのうえで、今の夢としては、何百とある、オリジナルのレシピを書籍にまとめることだそう。もともとコラムニストであり、詳細なレシピを残しているイップ氏にとっては当然と言えば当然、遅きに失しているくらいである。その理由の一つが香港の出版事情にあるようで、本を出版するこは自体がハードルの高い仕事になってきているらしい。しかしながら、あとに続く人のためにも今後の広東料理のためにも、ぜひ実現してほしい。
小松宏子