<ネタバレあり>音声ガイド制作者が見た「本心」 田中裕子さんの涙に考えた〝心〟というもの
現実味のある未来を描写
主人公が1年の眠りから覚めた後の世界なので、「リアルアバター」というサービスが流行中という世界が妙なリアリティーを持っていました。それは、AR(拡張現実)グラスとVR(仮想現実)ゴーグルの合わせ技を使いながら、実際には生身の人間が働くという、SF映画やアニメーションのようなシュン!シュン!という音とともにすべてが処理されるといったスマートな世界ではなく、どこかのスタートアップの若者が作ったサービスかな、という仕組みだったからこそ、すぐ先の未来として、現実味がありました。 また、一対一の連絡手段に、バーチャルリアリティーを使うのも、すぐ先の未来の感じがありました。その中の朔也のアバターがちょっと安っぽい印象なのですが、どのように表現すべきか迷っていたところ、「出来がよくない」という設定だということが分かったので、音声ガイドでは、「作りこまれていない見た目」と描写しました。ちょっぴり、朔也に申し訳ない気持ちになりましたが…。
混乱させる音声ガイドを書いてしまった
私が音声ガイド制作をお手伝いする際に、「モニター検討会」と呼ぶ、視覚障害のあるモニターさんと、映画製作陣(監督やプロデューサーなど映画の内容を把握している方)が立ち会って、原稿を確認する工程があります。今回、冒頭3分くらいのところで、原稿に大きな失敗があって混乱させてしまったところがありました。 シーンとしては、主人公・朔也が、工場の中で同僚と話していると、携帯電話に母から電話がかかってくる。そのため、電話を手にしながらその場を離れていく。映像としては朔也が背を向けたあたりで、カットが変わって、外の景色になります。 そこに、工場の遠景が映し出されるのですが、その映像が素晴らしくて、すぐに母の電話の声が入るのでほとんど隙間(すきま=尺と呼んでいます)がないところに、「工場の遠景」とガイドを入れていました。でも、その遠景は海を挟んだ向こう岸の工場の様子。工場の遠景とだけ入れたら、朔也がどこにいるのか、ということが消滅してしまう上に、そこに母の電話の声だけが聞こえてくる。そこに音声ガイド(私)が軌道修正のために「海を望む原っぱ」と母の電話の声の後に入れたため、母が原っぱにいるように聞こえてしまったり、とさまざまな混乱をさせてしまい、モニターさんの頭の中で映像の軌道修正に時間がかかってしまい、映画についていけなくさせてしまいました。「工場の遠景」と一言入れたところで、その映像の素晴らしさが伝わるわけもないのに、変にこだわってしまった故の失敗でしたので、反省しています。 <最初の原稿> 朔也がスマホを見る。岸谷が様子をうかがう。 その場を離れる朔也、イヤーピースをつける。 工場の遠景。 (母のセリフ) 海を望む原っぱ。 <修正後の原稿> 朔也がスマホを見る。 その場を離れ、ワイヤレスのイヤーピースをつける。 工場の外。 (母のセリフ) 朔也が歩きながら聞く。 ※「イヤーピース」が台本からのワードなのでイヤホンと言い換えたくなかったため、初出のここでワイヤレスの、という言葉も付け加えることにしました。 工場の遠景を、工場の外、と最初に伝えるべき情報に置き換えただけの、とても細かい修正に思われるかもしれませんが、流れを断ってしまうと映画を台無しにしてしまうといういい例(悪い例?)でした。 もう一つ、反省ガイドがありました。映画の初見の時より、2回目の鑑賞の際に、ぐっときたというシーンがありました。なのでしっかり作っておかないといけないのに、そのシーンのガイドも、使った言葉が悪く、モニターさんにはちゃんとイメージしてもらえなかったということがありました。 <最初の原稿> 朝。青いビーズカーテンの向こうにダイニング。 壁際に母の遺影が置かれた低い棚。 食卓の壁向きの椅子に朔也。 パンを食べている。 ここで絶対に伝えないといけないのは、朔也が遺影が見える席に座って朝食を食べているという点です。けれど、このガイドだと、目の前に壁があるようにイメージしてしまったという意見をいただきました。確かにそうです。まどろっこしい。あるまじきガイドにしてしまっていました。反省しつつ、書き直しました。 <修正版> 朝。青いビーズカーテンの向こうにダイニング。 壁際の低い棚に母の遺影が置かれている。 食卓に朔也。棚に向いた席でパンを食べている。 そもそも最初の原稿では、「棚」にフォーカスが当たっていたのもよくなかったですね。またまた反省。ただ、この後に、朔也の想像で、向かい側の生前の母の定席に母が座っていて、ほほ笑みを交わすというシーンがあります。つまり、ゴーグルを手に入れる前から、そこに母を見ながら食事をしていた朔也がいることに改めて気が付いたのです。未来に来る技術発展を拒否する気はありませんが、人間本来の持っている感受性のようなものを見失いたくないと感じるシーンでした。 一つ、おもしろいなと感じたのは、朔也が登場人物たち、つまり、幼なじみの岸谷、VF制作者の野崎、母の生前の友人である三好、アバタークリエーターのイフィー、リアルアバターの客たちとの会話の中で、こちらの胸に去来するもやもやのようなものがあります。そのもやもやこそが、朔也の本心とリンクしているかもしれないと思ったという点でした。朔也は口下手なので、すらすらおしゃべりして、ましてや本心をさらけ出すというタイプではなく、かと言って、モノローグで本心を語るというようなこともなく、表情だったり、言葉が継げない間(ま)だったりが、朔也の本心を物語っていたと感じます。