日本銀行は追加利上げを来年1月に先送り:多角的レビューは非伝統的金融政策の効果と副作用の両論併記
2.多角的レビューは非伝統的金融政策の効果と副作用の両論併記に
■効果と副作用のバランスに配慮し両論併記的な内容に 日本銀行は12月18・19日の金融政策決定会合後に、予告をしていた通りに「金融政策の多角的レビュー」を公表した。これは、過去25年間にわたる非伝統的金融政策の効果と副作用の分析、評価を行い、それを将来の政策運営に役立てることを狙ったものだ。昨年4月以降続けてきた多角的レビューの一連の作業を取りまとめたものであり、レポートは200頁を超える大作となっている。 2008年のリーマンショック以降、多くの国が資産買い入れやマイナス金利政策、あるいは長期金利コントロールなどの非伝統的金融政策を導入したが、その効果や副作用などを明確に総括した中央銀行はまだないように思う。その中で、日本銀行が非伝統的金融政策の効果と副作用の分析、評価に先駆的に取り組んだことは評価したい。 また、過去の非伝統的金融政策の効果のみをアピールし、日本銀行の政策を正当化するような自画自賛的な内容になる可能性もあると筆者は事前に考えていたが、実際には、副作用についての分析や言及もなされており、効果と副作用の双方に配慮したバランスの取れたレポートとなっている。 ただしそれでも、副作用よりも効果の分析により比重が置かれている感がある。副作用の分析については、十分になされていないとの印象もある。もっと踏み込んだ実証分析を、副作用についても行うべきでなかったか。 さらに、効果と副作用の双方を比較考量したうえで、過去の非伝統的な金融政策が適切であったのかそれとも適切でなかったのかという明確な判断にまでは踏み込んでいない。その意味で、効果と副作用の両論併記にとどまった感は否めないのではないか。 また、非伝統的な金融政策について一定の効果があったとの評価が示されたが、それよりも、当初期待されたほどの効果が発揮されなかった理由をしっかり分析して欲しかった。 ■将来の非伝統的金融政策の再導入に備える狙い レポートの本論部分は、「1.過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営」と「2.先行きの金融政策運営への含意」の2段構成となっている。過去の検証のみならず、それを今後の政策に活かすという考えがこの構成に明確に示されており、その点は評価できる。分析を将来の政策運営に役立てる、というのは、植田総裁の考えを強く反映しているのではないかと推察される。 今年3月のマイナス金利政策解除時には、主な政策手段を短期金利の操作、すなわち伝統的政策手段に戻す、と日本銀行は宣言した。これは、非伝統的金融政策から一気に決別をはかるものだ。 こうした決定の背景には、今回のレビューでは明確には示されなかったが、非伝統的金融政策の効果は明確でない一方、副作用は大きく、環境が許せば、できるだけ早期に非伝統的金融政策から決別したい、という植田総裁の考えが反映されていた可能性があるように思われる。 しかしながら、現在の物価、賃金の上振れは輸入物価上昇によるところが大きく、必ずしも持続的なものではないと考えられる。この先、海外経済の環境変化などが生じれば、日本銀行は再び金融緩和を実施することが求められる可能性があるだろう。ただし、短期金利の引き下げ幅はなお限られることから、その場合には、非伝統的金融政策を再び導入することを日本銀行は余儀なくされるだろう。 そうした場合でも、様々な非伝統的金融政策手段を、効果と副作用の精緻な分析を行うことなく乱発する、といった以前のやり方に戻ることは適切ではないとの認識が、植田総裁を中心に日本銀行の内部には強いのではないか。そこで、伝統的金融政策手段の再導入が将来必要になる場合に備えて、今の時点で、具体的にどの手段を採用し、どのように運営していけば、不確実ながらも一定の効果が期待できる一方、できるかぎり副作用を抑制できるかについて、分析を進めておく必要がある。この点が、多角的レビューの最大の目的なのではないか。 おそらく日本銀行は、マイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール(YCC)、ETFなどの買い入れを再び導入する可能性は低いだろう。仮に実施するのであれば、今年7月に開始した国債買いれの減額と保有残高削減、つまり量的引き締め(QT)を停止し、国債買い入れを再び増やすことを日本銀行は選択するのではないか。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英