愛犬10年物語(5)海外赴任の悲劇後 出会った英国生まれの終のパートナー
犬は人類の最古にして最高の仲間だと言われるが、家庭犬の存在は比較的新しい。我が国で、庭先に繋がれた番犬や猟犬に代わって、家族の一員として家の中で人と同じように暮らす犬が当たり前になったのは、ここ10年余りのことだ。ターニングポイントとなったのは、2000年代のペットブームであろう。そこから現在に至る『愛犬10年物語』。「流行」を「常識」に変えたそれぞれの家族の10年を、連載形式で追う。 【写真】愛犬10年物語(4)「男1匹犬2匹」犬を伴侶にして生きる
厳しい検疫や長時間輸送のストレス
海外赴任に犬を連れて行く、あるいは海外から犬を日本に連れて帰って来るのはなかなか大変だ。煩雑な検疫手続きや長時間の輸送のストレスを、犬に耐えてもらわなければならないからだ。犬の検疫の主な目的は、狂犬病の流入を未然に防ぐことである。日本のような島国では、水際の防止が効果的であるため、ことさら厳しく管理される傾向にある。期日内の予防注射の実施などの条件を満たしていない場合は最長180日間検疫所に係留されるなど、日本の検疫は厳しすぎるという意見がある。一方で、1957(昭和32)年の発生を最後に、日本は「狂犬病がない国」であり続けているのも事実だ。 近年は以前より条件が緩和されているため、犬を伴って海外赴任したり帰国したりする人も増えているが、かつては海外赴任が決まると親戚や知人に犬を譲るといった形で、犬を手放さざるを得ない人も多かった。この「生き別れ」のトラウマを長年抱えている人を僕は何人か知っている。その一人は、一種の贖罪(しょくざい)意識から犬連れでどこへでも行けるよう、ケージの中でストレスなく過ごせるようにするなど自分の犬のしつけを徹底することを決意。最終的には会社勤めを辞めてしつけのインストラクターになった。彼女が今飼っている大型犬は、夫の転勤に伴って日本からアメリカ赴任に連れて行き、5年間現地で過ごして再び日本に連れ帰った“帰国子女”だ。
70代半ばを迎える乙幡範(おとはた・さとし)さん、弘子さん夫妻と暮らすスタンダード・プードルの『マリア』(14歳・メス)も、イギリスから連れてきた犬だ。現在は東京郊外の自宅と長野県・蓼科高原の別荘でリタイア生活を送る範さんは、現役時代は世界を飛び回るビジネスマンだった。ロンドンに2回、ニューヨーク、ウィーンにも滞在歴がある。夫妻は、もともと大の犬好きで、スタンダード・プードルのほかに、オールド・イングリッシュ・シープドッグ、アフガンハウンドなど大型犬を中心に何頭もの犬たちと暮らしてきた。そして、やはり乙幡さん夫妻にも、海外赴任に伴う胸をチクリと刺すような物語がある。