大谷翔平「新通訳アイアトン」、水原一平と訳し方の差くっきり。実例で分析
大谷翔平氏の専属通訳を務めていた水原一平氏の違法スポーツ賭博事件が世の中を騒がせる中、大谷氏の「新通訳」としてウィル・アイアトン氏が就任した。 【表】実際の「訳例」で見てみた 実は、2人の「通訳の流儀」には大きな違いがあるという──。以下、国際交渉のコンサルティングを行うYouWorld代表取締役の松樹悠太朗氏が、以下、まずはアイアトン氏の流儀を実際の通訳例を用いて分析する。 ■アイアトン訳、ネイティブには「1個1個がつながっていない」印象? 大谷翔平氏の通訳者が水原一平氏からウィル・アイアトン氏に変わってから、二人の通訳のスタイルの違いがテレビやオンライン記事で話題となっている。 専門的な視点や感覚的な違いに至るまで幅広く議論が展開される中、国際的なコミュニケーションのコンサルティングを専門にしている筆者にとって、特に印象に残ったコメントがあった。 一つ目は、日本文学研究者のロバート・キャンベル氏のコメントである。「アイアトン氏の通訳は(水原氏と比べると)英訳がすごく適切で的確で、すごくスムーズ。水原氏の通訳を何度か見たことがあるんですが、(水原氏より)倍くらい丁寧ですね。」というものだ。 もう一つはハーバード大大学院終了の経歴を持つタレント・REINAさんの次のコメントである。「(アイアトン氏は)本当に言ってることをそのまま通訳されている。気を付けて言葉選びをされていた。だからこそ、正直、アメリカ人として聞いていると、ぎこちなさというか、1個1個がつながってなかったり、ちょっとそういう印象は(あった)」。 これらのコメントはアイアトン氏の通訳のレベルの高さを評価していることには間違いない。しかしだ。丁寧に大谷選手の通訳を行っているのに英語のネイティブスピーカーには「1個1個がつながっていない」ようなぎこちない印象を与えたということなのである。 筆者自身、実際に国際ビジネスの現場ではこのコメントの通りのこと(つながらない)を常に感じ、その修正を行わない時はない。そしてこのような違和感を生じさせている原因の一つが、実は日本語と英語の間で生じる「空気を読む・読まない」というコミュニケーションスタイルの違いなのである。 ■「ローコンテキスト文化」では、行間が狭まる 日本では「空気を読む」ことがコミュニケーションを取る上で大切になる。これを学術的にいうと「ハイコンテキスト文化」と言ったりするが、日本では発話者が発信している内容の行間を読む事が大切となる。 一方で発された言葉を文字通り理解しようとする文化を「ローコンテキスト文化」といい、発話者は誰が聞いても分かるように説明を展開するスキルが求められる。従って行間は狭まり、誰が聞いても同じ様な理解ができるような会話のキャッチボールとなる。 この行間の扱い方の違いはコミュニケーションの作法にも違いとなって表れる。少し学術的な説明になるが、英語は「主張」を先に述べ「本論」を続ける傾向が強くなる。単純に分かりやすいからだ。一方で日本語は「本論」から始め、「主張」は後に続くか、または読み手が「主張」を読み取ったと分かれば割愛される傾向が出てくる。 それでは、この行間と作法の違いから実際に以下、アイアトン氏と水原氏の通訳を比べてみる。そしてこれらの違いがどのようにインタビュアーと大谷選手の対話に違いをもたらすのかを見ていこう。 ■まずはアイアトン氏訳を分析 まずはアイアトン氏の通訳から見ていく。彼の流儀は「直訳スタイル」あるいは「憑依スタイル」と言われる。左から右へと順番通り、また単語もそのまま忠実に訳すスタイルであるからだ。従って日本のコミュニケーション作法のまま、「本論」から「主張」へと順番通りに英語に通訳される。 実際にこのスタイルがよく分かる通訳例があるので見てみよう。主観を入れないように、アイアトン氏が通訳した大谷選手のコメントはChatGPTで和訳している(なお記事末に、同じ内容を表形式でも掲載した)。 (大谷選手の実際のコメント) 1.監督とも今日、ウィルさん含めて、話して、本当に自分らしくまずいればそれだけでいいっていう風に言ってもらえてたので、それでも気持ちが楽になりましたし、 今日こうやってまず結果がでて、 2.それをまず継続して頑張りたいなと思っています。 (アイアトン氏の通訳:ChatGPTによる和訳) 1.実際、今朝、私は監督と話をしました。彼はただ自分らしくいることを勧めてくれて、あまり無理をしないようにと言ってくれたので、それは本当に私を助けてくれました。 自分自身を落ち着かせて、自分らしくいることができたので、本当に嬉しいです。そして、 2.これからもそれ(自分らしくいること)を続けられるといいなと思います。 (大谷選手の実際のコメント) 1.毎日毎日これだけ多くのファンが入ってもらって、 すごくやりがいというか、 1.自分にエナジーをもらえる と思うので、まずそれを自分の力に変えて 2.今後も頑張りたいなと思っています。 (アイアトン氏の通訳:ChatGPTによる和訳) 確かに、 1.この観客の前でプレーできることは、活力を感じます。 だから、 2.良い成績を続けられることを願っています。 (大谷選手の実際のコメント) 1.まぁボールの見え方が一番大事だなと思っている ので、そこが 2.一番自分の納得できるスタンスで構えるということをまず心掛けました。 (アイアトン氏の通訳:ChatGPTによる和訳) 1.ボールをよく見ることが最も重要な部分 なので、 2.自分の構えに本当に取り組んでいます。 アイアトン氏の通訳は大谷選手が言った順番通りに英語への通訳が展開されていることが分かる。また本論が1.で主張(結論)は2.であるが、これらも同じ1.から2.へ日本語の作法の通りに展開されている。また単語やフレーズの語順もほとんど同じように展開されており、確かに丁寧に訳されていると感じられる。 次稿ではいよいよ、これまでの「水原一平訳」について見ていく。本稿で紹介したアイアトン氏の流儀との違いが鮮やかな、まさに「水原流」ともいうべき大胆な意訳をご覧いただこう。 大谷翔平新通訳、水原一平と全然違う訳し方。ポイントは「行間」 に続く 松樹悠太朗(まつき・ゆうたろう)◎1978年香港生まれ。国際交渉のコンサルティングを行うYouWorld代表取締役。特徴的な技術は、日本語と英語の行間や作法の違いによるコミュニケーションのニュアンスを調整すること。特に国際交渉の軌道修正、効果的な英文Eメール、プレゼン資料の修正において成果を上げている。クライアントはスタートアップCEO、金融機関取締役、日系商社支社長、製薬関連企業代表、日本刃物ブランドなど。
Forbes JAPAN 編集部