「正直、もっと怒られると…」 映画『あんのこと』の入江悠監督が語る、“実話をもとにした物語”を描いた葛藤。「この子のことを描く以上は自分は一生背負うことになる」
杏のモデルになった女性が残した日記
──本作では、杏ちゃんの背骨になるようなものとして、日記を書くことがあるのではないかと思います。 僕の友達にさえない感じの、ぜんぜんモテないだろうな、みたいな俳優がいて。そいつが『あんのこと』見てくれて、日記を書いたんですよ。彼は“日記を書いてるときだけ抱きしめられてる感じがするんだ”と言っていて。それって現実に向き合いつつも、創作というものの核にも繋がるじゃないですか。そういう自分で自分を抱きしめられるような作業をいろんな人ができたらいいのにと思います。 ──まさに『あんのこと』のラストはそういうものと繋がっていると思いました。杏ちゃんが日記を燃やしたシーンから深い絶望が伝わるし、でも1枚破って、火を消して、っていう動作からそれでも生きていたいと思っていたことも伝わる。暗くも明るくもなく、彼女になって世界を見ているような、本当に見事なシーンでした。 杏のもとになった女性を取材した中で、記者の方が撮った何枚かの写真の存在を知りました。もちろん守秘義務があるので彼女の顔は見せてもらえないんですけど、彼女が日記を書く手元の写真があったんです。 それで筆跡とか字とかを見ていると、すごくなんか、肉感的というか、存在が立ち上がってくるんです。文字にしておくってすごいことなんだなと。だからみんなやってほしいですね。 ──そういう、自分の手でなにかを残すっていうことを誰も嘲笑わない世界であってほしいなと思います。 それはそうですね。うん。 取材・文/戸田真琴 写真/濱田紘輔 『あんのこと』 新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほかにて全国公開中 配給:キノフィルムズ Ⓒ2023『あんのこと』製作委員会
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