道端にしゃがみ込む人が増えていく…富士山で突然死も不自然ではない、心拍の実証実験で判明した「あまりに過酷な低酸素」環境
睡眠時の酸素欠飽和度が「生死の境をさまよっている患者」並み
富士山では、行動中だけでなく、じっとしているときでも低酸素の脅威にさらされています。 図「富士山頂での睡眠時の酸素欠乏の様子」は、若い健康な女性が、山頂の測候所内で夜間に眠っているときの酸素飽和度を、下界での睡眠時と比べたものです。下界での値は95%以上ですが、富士山頂では眠ると急激に低下し、低いところでは50%台まで落ち込んでいます。このデータを、富士山頂で測定したということは伏せて医師に見せたとすれば、生死の境をさまよっている患者だと言うでしょう。 睡眠時は、1日のうちで最もエネルギーを使わず、身体が最も休まるはずの時間帯です。それなのに、上りで激しい運動しているときよりもさらに酸素飽和度が低い、つまり酸素欠乏がより強まるというのは意外です。このような現象は、次の理由で起こります。 眠ると、脳にある呼吸中枢の働きが低下して、呼吸が浅くなります。また横になって寝た姿勢では、胸郭の動きが制限されます。このため肺で空気を出し入れする量が減って、身体に取り込む酸素の量も少なくなってしまうのです。 高山病の特徴として、夜間に起こりやすい、あるいは重症化しやすいということがあ りますが、この図からその理由がわかるでしょう。
高度の段階ごとに見た「高山病」
図「高山病との関連から見た高度の分類」は、高山病との関連から、高度を分類したものです。日本の山の場合、低所、準高所、高所、高高所という4つの区分ができます。 なお、それぞれの高度の分かれ目については、その前後で身体の状況が急激に変化するという意味ではなく、大まかな境界といったイメージでとらえてください。また、個人差が大きいことも覚えておいてください。 図の見方(標高の低い順に) 1500m以下〈低所〉:ふつうの人には低酸素の影響は現れない1500m以上〈準高所〉:人によっては高山病の症状が現れる。また通常は症状の出ない人でも、体調の悪いときには出ることもある2500m以上〈高所〉:高山病は誰にでも起こる可能性がある3500m以上〈高高所〉:身体を徐々に順応させながら上っていかないと危険な領域 この図を見れば、富士山では、高高所に山頂がある富士山では、登山に十分な注意が必要です。富士山に限りませんが、2500mを超える山では誰にでも高山病が起こりえます。 登山をしない観光客が乗り物を使って、簡単に行けてしまう高所や準高所もあります。富士山なら、五合目あたりは標高2300~2400mになるので、高所に近い準高所に該当します。登山が目的ではなくても、このような場所に行く人は誰もが、高山病についての知識や、その対処法を知っておく必要があります。 * * * 続いて、高山病の定義(症状)と、どのくらいの標高で症状が生じるのかを解説します。症状や特徴を理解して、万が一を防ぎましょう。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術 安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)