是枝裕和監督が向田邦子の代表作「阿修羅のごとく」リメイク…「最初は一字一句変えずやろうと思った」けれど【前編】
ともあれ、まずは順を追って、「阿修羅のごとく」脚色についての是枝の話を。
まっさらな目で脚本を読み直す
「最初は一字一句変えずにやろうと思っていたわけです」と是枝は言う。ただ、原作者の妹、向田和子にあいさつに行くと……「『どう料理しても、好きにして構いません』と言われたんです」。加えて、当時の向田邦子は多忙で、時間に追われるようにして「阿修羅のごとく」を書いていたことも聞いた。
当時の年譜をたどると、確かに向田は忙しかった。脚本家としての絶頂期を迎え、ドラマの脚本を手掛ける一方で、エッセイストとしての著作を刊行、小説家としての著書『思い出トランプ』に収録された短編3編で直木賞を受賞している。
是枝は、改めて「まっさらな目で脚本を読み直した時、あの向田邦子とはいえ、締め切りに追われて書いていた時に、どこで苦しんでいたかというのは、ちょっと見えてきた」と明かす。
その一つが「間違い電話」の多用。「こんなにも一つのシリーズで間違い電話をするとは。(脚色の際に)どうせだったら、『困った時の間違い電話』を削って、そうではない何かを考えてみようかなって」
女性像をアップデート
そうした作業とともに行ったのが、女性像のアップデートだ。まず、次女の巻子と夫・鷹男の関係が気になっていたという。「原作の鷹男は、ふるまいも含めて、もっと家父長的。妻の巻子は専業主婦で夫の『不倫』に家で悶々(もんもん)としているという構図でした。1970年代だったら、それに共感する方たちもいらっしゃったと思うんですけれど――」。2020年代の今、この物語を描くにあたっては、「その夫婦の力関係を少し逆転させたほうが面白いな、と思ったんです。そのほうが今やるには僕も共感しやすいな、と」。
時代設定などや物語の大枠はそのままに、巻子をめぐる物語の「輪郭を描き直してずらしていくという作業をやり始めた」。すると、「全体がそちらのほうにちょっと動いたんです」。
四姉妹を演じる俳優たちに「寄せる」ことにより、おのずと女性像が更新されていった面もあったという。