Microsoftの携帯ゲーム機、実現の可能性は? 歴史と市場動向から考える
Microsoftのビデオゲーム部門で責任者を務めるフィル・スペンサー氏の、携帯機の開発/発売をめぐる発言が、にわかに話題を呼んでいる。 【画像】携帯ゲーム機市場にインパクトを与えた『Steam Deck』 はたしてMicrosoftは、同社のゲーム事業において初となる携帯機の展開に乗り出すのか。本稿では、ゲーム市場の動向などから、実現の可能性を考えていく。 ■フィル・スペンサー氏が携帯機を展開する可能性に言及 事の発端となったのは、アメリカ・ニューヨークで12日に行われた、金融系メディア・Bloombergによるインタビューでのフィル・スペンサー氏の発言だ。同氏はこのなかで、モバイルプラットフォームを主戦場とする企業を今後買収する可能性があることに言及。同分野への注力が喫緊の課題ではないとしながらも、長期的には、買収によって得た知見をベースに、グループ内で携帯機を開発/発売するプランがあると述べた。 Microsoftといえば、家庭用ゲーム機であるXboxはもちろん、CS・PC・スマートフォンを横断する配信サービス・Game Passを所有しており、PlayStationのソニーインタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)、Nintendo Switchの任天堂に並ぶ、ゲーム業界の巨大勢力として、界隈では広く認知されている。もし同社が携帯機を市場に投入することになれば、現状の構図を激変させうる大きな出来事となるはずだ。しかしながら、Microsoftは過去、据置機を中心にビジネスを展開しており、モバイル端末を開発/発売した経験がない。そのような観点からも、一連の発言に関心が寄せられている形だ。 ■CSの領域では没落も、PCの領域では台頭。携帯機は難しい情勢のなかに ゲーム業界では古くから、携帯機が据置機とともに並列で展開されてきた。SIEや任天堂といった大手プラットフォーマーは、フラッグシップとなるモデルとは別に、ポータビリティを重視したモデルを市場に投入し、広く支持を得てきた経緯がある。しかしながら、ここ10年ほどはスマートフォンの普及にともない、ゲームアプリの市場が拡大。少なくないソフトメーカーが収益性の高い同分野での開発に注力したことなども影響し、マイナーな存在となってしまった。現時点で両社にとって最後の携帯機(携帯専用機)となっているPlayStation Vita、ニンテンドー3DSはそれぞれ、2019年、2020年に生産が終了した。 その一方で、直近、PCゲーミングの領域では、デスクトップ/ノートに勝るとも劣らない体験が可能なハンドヘルド機が続々と発売されている。背景にあると考えられるのは、同プラットフォームにおけるゲームプレイの一般化だ。世界最大規模のゲームソフト配信サービス・Steamを展開するValve Corporationは2022年2月、CPUやGPUなどPC向けパーツの生産で知られるアメリカの半導体企業・Advanced Micro Devices(AMD)と協力し、『Steam Deck』を開発/発売した。同機は発表直後から大きな話題性を獲得。全世界での累計販売台数は、2023年末までの時点で数百万台とも言われている。この数字をどう見るかは個人の考え方によるところもあるだろうが、主要プラットフォーマー以外から展開された新たなハード、かつ市場から消えていた携帯機という点を踏まえると、一定のインパクトを残したと言えるのではないだろうか。 その後は『Steam Deck』の背中を追うべく、さまざまなメーカーが類似のハードを発売している。Razerの『Razer Edge』(2023年1月)、ASUSの『ROG Ally』(2023年6月)、Lenovoの『Legion Go』(2023年11月)、MSIの『Claw A1M』(2024年3月)などはその一例だ。こうした動向により、市場はレッドオーシャン化の様相を呈してきた。CS機における逆風とは裏腹に、PCゲーミングの領域では、巨大なマーケットが出来上がりつつある現状だ。 ■Microsoftが携帯機を開発/発売する可能性は? Xboxプラットフォームを手掛けていることから、SIEや任天堂の競合と考えられているMicrosoftだが、ここ数年はPC向けにも展開されているサブスクリプションサービス『Game Pass』に力を入れている。今年7月には、アメリカを含む世界25か国以上で、Game Passのサービスを、AmazonのFire TV Stick 4K Max/Fire TV Stick 4Kに対応させた。こうした動向を踏まえると、同社が今後開発/発売する可能性のある携帯機は、CSの枠組みではなく、PCやクラウドまでを含めた広い意味でのゲームプレイ全体で活用できるハードとなっていくのではないか。 競合を見渡すと、任天堂からはNintendo Switchの次世代機が近く発表される予定となっている。もし同機が現行のNintendo Switchに似た仕様を持つとすれば、据置機と携帯機、それぞれの機能をユーザーの都合によって使いわけられるハードとなるはずだ。他方、SIEについては、PlayStation 5の周辺機器としてPlayStation Portal リモートプレーヤーを2023年11月に発売している。 Microsoft初の携帯機は、どのような輪郭を持つハードとなるだろうか。Nintendo SwitchやPlayStation Portal リモートプレーヤーのように当該機に対応するソフトを携帯して遊べるハードとなるのか、それとも、歴史上の携帯機のように、専用にソフトが開発されていくのか。その行方によって、同機がゲームカルチャーに持つ意味は大きく異なってくるだろう。後者であれば、市場全体にとっての、ひとつのターニングポイントとなる可能性もある。 10年ほど前、携帯機の需要減少に影響を与えたといわれているスマートフォンとモバイルアプリだが、ここ数年はかつての勢いに陰りを見せている。もしかすると、やがてゲーム機としてのスマートフォンが没落し、再度プラットフォーマーが展開するゲーム専用の携帯機の時代が来るのかもしれない。フィル・スペンサー氏の発言は、そうした業界動向、Microsoftとしてのゲームビジネスのあり方を見据えたうえでの発言とも考えられる。本稿に述べた内容を踏まえるかぎり、その開発/発売が実現する可能性は決して低くないのではないだろうか。 はたしてMicrosoftは、同社のゲーム事業において初となる携帯機の展開に歩みを進めるのか。フィル・スペンサー氏は上述のインタビューにおいて、「実現するのは何年も先になる」と明言している。
結木千尋