朝ドラ出演の57歳俳優は元芸人。“まさかの相方”と30年ぶり復活のワケを本人に聞いた
関西勢に「フリートークじゃ敵わない」
――1990年前後は、東京を拠点に活動し始めたダウンタウンの影響も大きそうですね。 田口:デカかったですね。ダウンタウンさんが上陸してきて、ブワーッとみんな撤退していくみたいな。俺ら東京の芸人は「自分が思ってることをどう面白く伝えるか」っていう論理的な素地がないから、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)のフリートークが始まったときに「勝てねぇ」ってみんな思ったんじゃないかな。 その少し後に、吉本印天然素材が人気になるんだけど、たまたま僕らは大阪の番組(読売テレビの『怒涛のくるくるシアター』および『電動くるくる大作戦』)で雨上がり決死隊、FUJIWARA、バッファロー吾郎と一緒にやってたんですよ。 やっぱりそこでもフリートークじゃ敵わないと思ったから、「関西とは違う、東京の感じを出さないと」っていうのはありました。ただ、ネタは大阪でも意外とウケてたし、僕個人もドラマに出始めてる頃だったから、そこまで張り合う感じでもなかったですね。 ――“東京のお笑い”という意味で言うと、テンションは「方言ラップ」のネタを披露するのも早かったと思います。 田口:替え歌とかではなく、リズムが聞こえるような音ネタ。それでいて、「この言葉のチョイスだと面白いよね」って流れで作ってたから、奇しくも『ボキャブラ天国』シリーズ(フジテレビ系)を先取りするようなネタではありました。 『ボキャブラ』からもオファーがきてたんですけど、何となく「それはやめようぜ」って感じだったんですよね。そしたら、人気が爆発していったから「やっときゃ良かったね」っていう(笑)。 僕らと同じように断ったさまぁ~ずも、『大石恵三』(フジテレビ系)が終わってもう1回売れるまでにちょっと時間が掛かってるじゃないですか。だけど、うまい具合に“東京のダラダラした感じの芸風”とか、三村(マサカズ)の「〇〇かよ!」ってツッコミがハマっていきましたよね。