直感力を高めるには? 『センスの哲学』の著者で哲学者の千葉雅也に聞いた
自分らしい直感力を取り戻すこと、磨くことはできるのか。哲学者や言語学者、クリエイターたちへのインタビューを通して、その方法を探っていく。第1回目は、センスって良くなるの?そんな誰もが気になる疑問に答えた話題の書籍『センスの哲学』の著者、千葉雅也に話を聞いた。
深く考えず直観的にわかる“センス”の正体を問う試み
──4月に、ものの見方の感覚として語られる“センス”について論じた『センスの哲学』を上梓されました。同書では「直感」ではなく「直観」という表記を使っていますね。 「『直観』は哲学用語として用いられますが、感じるだけでなく、時間をかけずに一瞬で成立する理解を表します。英語でいう『intuition』のことですね。一方で『直感』には厳密な定義が見当たりません。今回の特集テーマは『直感』ということですが、一般にはほぼ同様の意味で使われていますので、このインタビューでも『直観』についてお話しさせてください」 ──クロエのクリエイティブディレクター、シェミナ・カマリも今季のコレクションに寄せて「intuition」という言葉を使っています。一般には曖昧なまま、両者の表記が混在しているということですね。そしてご著書では「センスとは直観的にわかる」ことだと定義しています。 「何かを見たり聞いたり感じたりした瞬間に、全体像がパッとわかる。順を追って深く考えようと努めなくても、一瞬にして判断できてしまう。いわば感覚と思考のハイブリッドともいうべき理解のあり方――それこそが、普段僕たちが『センス』と呼んでいるものの見方ではないかということです。しかもそれは決して難しいことではなく、誰もが常日頃、普通に行っていることのはず。 にもかかわらず『センスがいい/悪い』と言われると、努力ではどうにもならない能力を評価されているようでドキッとしますし、自分にはセンスがないと思い込んでいる人も少なくありません。そこで、センスと呼ばれる『ものを見るときの感覚』について説明し、それを自覚すれば誰でもセンスが良くなるという提案を試みました」 ──同書は生活における芸術感覚を論じた本であり、『勉強の哲学』『現代思想入門』に続く哲学3部作の最終作です。あえて今、このテーマを選んだ理由とは? 「まず背景として、僕自身が美術や音楽、映画など、広く芸術の話が飛び交う家庭環境で育ったこと。高校生の頃は美術の道に進もうとも考えましたが、むしろ言葉で考察する方向に心惹かれていきました。いわばファッションからアート、インテリアから食に至るさまざまな表現に触れていたいという感覚が、僕という人間をつくり上げてきたともいえる。 ところが、それだけ幅広いものの見方を論じるには、生半可な経験では太刀打ちができません。40歳を過ぎてようやく、平易な言葉で論じることができるようになりました。一言でまとめるなら、形や音といった感覚の総体を意味ではなく、“直観的なリズム”として捉えること。その考え方を一冊にまとめたのがこの本というわけです」 ──直観やセンスという言葉は往々にして、言語化できない特殊な能力のように扱われています。そうした状況に一石を投じたい、という思いもあったのでは? 「僕自身にはそうしたこだわりはなく、センスという言葉に引っかかりを感じる人が多いなかで、直観によるものの見方について書いてみよう、そしてそれに当てはまるのが一般的にセンスと呼ばれている感覚ではないか……という流れですね。特に最近は、自分が見聞きしたものの意味を求めたり、言葉による説明がなければわからないと突き放したりする風潮が強い。それに対して、言葉にする以前のリズムによる捉え方がむしろ大切ではないかと、ある種の捉え直しを促しているわけです。 例えば、食べ物の味覚も一種のリズムです。餃子を例に挙げるなら、口に入れたときの熱や、皮のパリッとした感じ。嚙むと皮が割れて、中の柔らかい肉やニンニクなど、複数の味が入ってくる。そうした要素が複雑に絡み合い、音楽のようなリズムを奏でていく。要はそれをいかに自覚的に感じられるかだと思います」