「思わず喉が鳴る…」ドラマの乾杯シーン後にビールCM、日テレがTVerで実現した「新しい広告」とは?
● 『ザ!鉄腕!DASH!!』1回の放送でキーワードは13万超、執念のデータ整備 日本テレビにおけるコンテクスチュアル広告の発案者でもある山下さんは、開発初期の状況をこう振り返る。「コンテクスチュアル広告の核となる『辞書作り』が本当に大変で、システムを開発する前に、3年かかっているんです」。一体どういうことか。 コンテクスチュアル広告を配信するには、映像から収集した「ビール」「乾杯」「居酒屋」といったキーワードを、「フード・外食」「ライフスタイル・趣味」といった最適なカテゴリに分類していく作業が発生する。広告主は、キーワードかカテゴリを選択することで広告を配信するため、キーワードの分類・登録は極めて重要な作業だ。 具体的には、画像解析のAIが組み込まれたシステムから「特定の番組で、何時何分何秒に特定のキーワードに関するシーンが流れた」というCSVファイルが吐き出され、それを一つひとつ人間の目で確認し、カテゴリに分けていく。これが山下さんの言う「辞書作り」だ。 ちなみに、『ザ!鉄腕!DASH!!』の「出張DASH村・幻のアスパラガス豪快料理 in 北海道」回で抽出されたキーワード数は、13万4568(ユニークでは1839)。たった1回の放送で、途方もない量のキーワードが現れては消えていく。「解析結果の確からしさや、どんなワードで、どんなシーンが検出されるかが分かっていなかったので、あるキーワードを設定し、その解析結果を実際のコンテンツを見ながら一つひとつ確認する必要がありました」(山下さん) さらに、例えば「ビール」が出てきたとき、それを「フード・外食」カテゴリに入れるか、「ライフスタイル・趣味」に入れるか、それとも両方か、一つひとつ決めていく作業はかなり骨が折れたという。
● Googleの生成AI「Gemini」が映像からキーワードを抽出、分類 ブレイクスルーとなったのは、2024年4月にラスベガスで開催された大規模カンファレンス「Google Cloud NEXT」だった。日本テレビ DX推進局 データ戦略部の川越五郎さんと辻理奈さんは、AIの進化と、世界中で繰り広げられる生成AIを使ったチャレンジを目の当たりにした。特に、Googleの生成AI「Gemini」は、画像や音声、動画、テキストなど異なる種類のデータを同時に学習・推論する能力を持つマルチモーダルAIで、テレビ局のニーズにマッチしている。「Geminiを使えば、映像から楽にキーワードを抽出し、カテゴリ分けができるのでは」と、ひらめいたという。 帰国後、辻さんを中心に、コンテクスチュアル広告に生成AIを組み込むプロジェクトチームが立ち上がった。決まっているのは「生成AIを使う」ということだけ。川越さんからの指示は、たった一言。 「一番パフォーマンスが出るように、辻さんがやりたいようにやっていいよ」 メンバーに裁量と権限を与え、信じて任せる。その分たくさんコミュニケーションを重ねていくのが川越さんのマネジメントスタイルだ。すぐに2人の新メンバーを迎え、プロジェクトは一気に加速するかに思われた。しかし……。 「新メンバーの2人とも、プログラミングは初めてだったんです。そこで、プロンプトエンジニアリング(AIから望ましい返答を得るために最適な指示を出すこと)のスキルアップから始めました」(辻さん) そう、このプロジェクトは、コンテクスチュアル広告に生成AIを組み込むだけでなく、エンジニアの育成にも生成AIを活用するという二重の意味で革新的だ。プログラミング未経験だった2人は、わずか1カ月で自立して作業できるレベルに達し、結果的にプロジェクト開始からわずか3カ月でローンチを果たした。生成AIが開発プロセスを加速させる可能性を示す好例とも言えるだろう。 「私たち日本テレビの開発のメンバーも営業メンバーも、Google Cloudやパートナー企業のメンバーも、誰がどの会社か分からなくなるほど、ワンチームでガガガッと一気に動くことができた。それが3カ月でローンチに漕ぎ着けた、事(こと)の本質だと思います」(辻さん) 生成AIによる新たなコンテクスチュアル広告では、Gemini(生成AI)によって物体や音声を抽出し、Geminiを使ってカテゴリを分類する。ただし、1回の解析では精度が不安定なため、背景、人物、服装、機械などの対象ごとに6回に分けて抽出する。 カテゴリ分類においては、説明責任を確保するため、生成AIだけでなくルールベースの手法も併用している。川越さんは、「この説明責任の仕組みを入れたのが非常によかった」と強調する。生成AIの特徴として、結果が毎回変わる可能性がある。しかし広告の場合、広告主から「なぜこの広告がこのカテゴリーに分類されたのか」と説明を求められたとき、「生成AIがいい塩梅(あんばい)に分類しています」では信用されない。そこで、生成AIによって抽出されたキーワードと、事前に用意したカテゴリとのマッチング数に基づいて最終的な分類を行っているのだ。 例えば、スポーツ関連のキーワードが一定数以上出現した場合、「スポーツ」カテゴリーに分類するといったルールを設定している。これにより、「この単語が4回、あの単語が5回出現したので、スポーツカテゴリーに分類されました」といった詳しい説明が可能になった。