中国・習近平が広東省1500社を四川省に強制大移転?沿岸部から内陸へ重要産業の工場を移し戦争準備か
■ 資金、技術、産業、労働力の地方移転を狙う 前出の鄺錦利は「ひと昔前と違って、今や前方だとか後方とかない時代だ。イーロン・マスクが5000トンものスターシップ『スーパーヘビー』を正確に箸(メカゴジラチョップスティックス)でキャッチする時代に、洞穴を掘削して三線建設をして意味があるのか。未だ脳内は第二次世界大戦時代のそろばんをはじいているのか」と批判していた。 ただ「(仮想敵から)万が一攻撃された場合、沿岸の都市部の重要なハイテクパワーは打撃をうけ、致命傷を負うことを当局はずっと心配している」とも、鄺錦利は指摘していた。 広東の1500社が四川に一斉移転、というのはフェイクニュースかもしれない。だが、習近平が現在の中心都市、大都市から資金、技術、産業、労働力を地方都市に移転しようという方針を持っているのは事実だろう。 それが、西側社会との経済デカップリングに対応した新型内陸都市の形成を目的としているのか、経済的に落ち込む地方の地位を引きあげ地域間格差をなくすためなのか、管理しやすい社会主義的工業殖民都市を復活させようという魂胆なのか、あるいは大都市を嫌い、素朴な田園風景を愛する習近平の単なる趣味なのか。 いずれにしろ、国際社会の中国に対する敵意や対立意識の先鋭化が背景にあり、その根底には戦争を念頭においた都市資源の再配置という考えがあろうと思われる。 こうした戦争に備えた大規模な産業移転は、毛沢東以前もたびたびあった。清朝の康熙帝時代、沿海部の住民を一斉に内陸に50キロ移動させる海防政策があり、1928年の南京国民政府時代も大三線建設があった。
■ 「鄧小平的な改革開放路線に転換」は幻想 これは中国の伝統的な「戦時思考」といえる。中国の伝統的戦時思考から80年代に脱却して平和思考に転換しようとしたのが鄧小平であり、改革開放路線といえる。つまり、国際社会に溶け込もうという方向性で、対外開放のために沿海部、東部を発展させ、国際化させていった。 こののち、毛沢東時代につくられた大量の三線時代の内陸国有企業が閉鎖され、主な企業、経済が東部、沿海部に回帰。90年代には三線地域に拠点を置く大企業はほとんど存在しなくなった。 その後、胡錦涛時代に東北振興や西部大開発といった地域振興策が打ち出されたことがあるが、これは三線建設とはまた違う。東北振興などは日本など外国企業も積極的に協力した。結果的にこうしたプロジェクトも大成功とはいかなかった。へき地や内陸部への産業移転というのは、そんなに簡単なものではないのだ。 そうだとすると、習近平が今後打ち出すとみられるこの種の都市・産業の移転政策は、なおさらうまくいくとは思えない。企業や消費者の利益度外視の強制的、恫喝的移転となり、少なくとも市場経済原理にのっとった発展、経済的成功は望めない。ひょっとすると新たなゴーストタウン都市を生み出すことになるかもしれない。 そういうわけで、9月、10月と珍しくまともな経済金融政策だと注目されている大規模景気刺激政策を、習近平が毛沢東回帰路線から鄧小平的改革開放路線に転換したシグナルと見るのは危うい。習近平は毛沢東的戦時思考に沿った計画経済回帰色の強い政策を手放してはいない。 先日、中国が3年で6兆元規模の特別国債発行を準備しているとの報道が出て、中国経済回復へのシグナルか、と期待する声が高まっている。だが、こうした資金も、戦時思考の社会主義経済建設プロジェクトに振り分けられる可能性があるかもしれない。 福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。
福島 香織