名前もダサいし、イーロン・マスクが「バズれば勝ち」主義を導入したことで悪意が浄化されずにデマだらけ。ああ……これがXだ
〈スポーツ紙の「コタツ記事」は「盗用」あるいは「剽窃」だ! 今後は私のような手法の原稿を「コタツ記事」と呼ぼうよ〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(2枚) 能町みね子さんがネットを巡回して拾い上げた言葉に独自の論考をねっとり加えた「週刊文春」の人気コラム「言葉尻とらえ隊」。この連載の約2年半分をまとめた文庫オリジナルの新刊『 正直申し上げて 』から一部を抜粋し、紹介する。(全3回の3回目) ツイッターが「X」になったときにこの語(X)は取り上げたけど、また取り上げたくなりました。さらに悪い意味で。 東日本大震災のときは、マスコミが追い切れない情報が民間レベルから上がったり、知人の安否がすぐ確認できたりと、ツイッターは情報拡散に役立ったイメージがありました(もちろん当時もデマや誤情報はありましたが)。 ところがこのたびの能登の大震災では、ツイッター改めXがデマだらけです。東日本大震災の際のデマは、誤情報だけど本人は善意で広めていたり、仲間内の冗談のつもりが予想外に広がってしまったり、という程度のものが多かったように思う。しかし今回は、最初から悪意で作られたデマが拡散されているように見え、それに加えて「善意」による誤情報も多いし、拡散も早い。 おそらく被災していないのに架空の住所や実在の他人の住所を記して救助を求める、飛び抜けて悪質な者。車の写真を勝手に晒してこれが火事場泥棒の車だと真偽不明の情報を流し、私的制裁を求める者(関東大震災時の朝鮮人虐殺を思わせる)。「火事場泥棒は殺してもいい」と書き込んで真偽不明の情報への怒りをあおり立てる呂布カルマ。「震災に乗っかり犯罪行為もするヤカラ私人逮捕しましょう」と、現地入りの計画を楽しそうにほのめかす私人逮捕系の某迷惑YouTuber。
一方で、自民党や岸田文雄憎しのあまり、彼の震災対応を根拠が薄弱なまま拙速に叩く人々もいる。これらの書き込みは拡散され、するとその一つ一つに対して、インプ稼ぎ(Xはインプレッション=閲覧数によって報酬が入るため、バズった書き込みに意味もなく返信をつけることで便乗して金が稼げる)のために意味不明なリプライが金魚の糞のように大量に付く。重要な情報が何なのかさっぱり分からない。地獄。 私は無力さを感じつつ、SNSでは震災関連のデマを訂正することばかり気にしてしまった。正しい情報を拡散する自信はもう持てない。 ああ……これがXだ。 私はこれまでしつこく「ツイッター」と呼んでいたけれど、このたびついに、「これがXになったということか」と悟ってしまった。混沌としてるけど善意のほうがどうにか辛勝するのがツイッター、イーロン・マスクが「バズれば勝ち」主義を堂々と導入したことで悪意が浄化されなくなったのがXだ。名前のダサさに合わせて、本質的に違うものになったのだ。 そう、「X」なんて名前はダサすぎた(X JAPANには悪いけど)。使用頻度の低いアルファベットでもあるZ・Q・Xのような文字は、幼稚なカッコつけ方をする子供たちが好む印象がある。「結局稼げる人が勝ちじゃん」なんて知ったような顔で言う、生意気な中学生みたいな。 これらの文字って、「Z」なら親ロシアのシンボル、「Q」といえば神真都QやQアノン……くしくも最近騒がれる、知的でない禍々しい団体ばかり思いつく。そして、「X」……。文字に罪はないけど、もはや三大「忌まわしいアルファベット」。 (「週刊文春」2024年1月18日号を加筆・修正)
能町 みね子/ライフスタイル出版