作り手にとって他者の価値観との衝突は、必要なプロセス――映画『本心』製作の裏側
石井 僕は、「この三好彩花は、あの三吉彩花さんがモデルですか?」というのは、監督として原作者に絶対聞いてはいけない愚問だと思っていて、ずっと聞かなかったんです。そういう答え合わせをしてしまうと、絶対つまらない結果にしかならないじゃないですか。で、撮影が終わってからはじめて平野さんが(三吉さんのことを)知らなかった、とわかった。 ただ、『本心』という小説の複雑なレイヤーからすると、その平野さんの「知らなかった」という言葉も、「本心」なのかどうかはわからないわけですが(笑)。 平野 いや、本当に知らなかっただけなんですが(笑)。 そういえば、昔、ノーベル賞をとった中国の莫言さんと対談した時に、「小説の登場人物の名前は、たった一つしかない。何でもいいわけではなく、必ず一つなのであって、これしかない、という名前を作家は見つけなければならない」と言われたんです。 その意味で、「三好彩花」という名前は、「これしかない」と思ってつけた名前ですね。 ――平野さんは本当に映画がお好きですが、いずれご自身で脚本を書いてみたり、監督をしてみたいという気持ちはありませんか。 平野 脚本は思わないでもないですが、監督はまったく思いませんね。小説と映画は、まったく違う技術ですから。映画を見ると、最後にものすごい数のスタッフの名前がエンドロールに出てくるじゃないですか。あれだけの人たちを率いて、ビッグプロジェクトを推進していく力は、自分にはまったくないと思います。 ――出演の方はどうですか? 平野 ますますないですね。自分の原作の映画に、カメオ出演で出ませんか? と誘われたこともあるんですが、断りました。観客が映画の世界に没入しようとしている時に、たとえ一瞬であっても原作者が映っているというのは、現実に引き戻してしまう、というか、不真面目な感じがするんじゃないかと思ったからです。 石井 今日は、平野さんの映画と文学両方についてのお考えをたっぷり伺えて、とても面白かったです。ありがとうございました。 ひらの・けいいちろう●1975年生まれ。99年、京都大学法学部在学中に文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」により第120回芥川賞を受賞。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。主な小説作品に『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『マチネの終わりに』(映画化)、『ある男』(映画化)など。最新作は短篇集『富士山』。 いしい・ゆうや●1983年生まれ。2007年、大阪芸術大学時代の卒業制作『剝き出しにっぽん』がPFFアワードにてグランプリを受賞。10年『川の底からこんにちは』で商業映画デビュー。14年『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞を受賞。『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『茜色に焼かれる』『月』『愛にイナズマ』など、精力的に作品を発表し続けている。 INFORMATIONアイコン映画『本心』 公開中 原作:平野啓一郎 出演:池松壮亮 三吉彩花 水上恒司 仲野太賀 田中泯 綾野剛 / 妻夫木聡 田中裕子 監督・脚本:石井裕也 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2024 映画『本心』製作委員会 映画『本心』公式サイト https://happinet-phantom.com/honshin/
平野 啓一郎,石井 裕也/文藝出版局