作り手にとって他者の価値観との衝突は、必要なプロセス――映画『本心』製作の裏側
石井 ありましたね。CGなど加えなくても、彼らには東京の街の風景が未来の仮想空間にしか見えないというんです(笑)。 パリの街には、200~300年前の石造りの建物がそこら中にあります。哲学にしろ文学にしろ、100年単位で同じテーマを突き詰めてきたという伝統があります。反対に日本で暮らしている僕らは、天災にも頻繁に襲われるし、生活や思考を常にアップデートしていかないと暮らせないという前提があります。その文化、感性の違いは相当大きい、という感じがしましたね。 平野 フランスチームとは、脚本についてもかなり議論したんですか? 石井 ええ。ただポストプロダクション担当のプロデューサーは、フランス在住の日本人だったので、日本とフランス双方の感覚を翻訳してくれた感じでしょうか。 平野 働きぶりで日本と違う部分はありましたか? 石井 脚本打ち合わせで大変な時にバカンス行って連絡つかなくなっちゃったり。「なに考えてんのかな」みたいな。 平野 向こうはバカンスを前提にしないと何も動かないところがありますからね(笑)。
「三吉彩花」出演の偶然
――編集部からも少しだけお聞きします。今回、もうひとりの主人公と言える「三好彩花」を三吉彩花さんが演じています。つまり、名前が一文字違いなだけです。 平野さんは『本心』を書かれた時からすでに、三吉さんをイメージされていたのでしょうか? 平野 いえ、偶然の一致なんです。三吉彩花さんにキャスティングが決まり、ご本人にお会いした時、「なぜ三好彩花という名前をつけたんですか」と聞かれました。失礼ながら、実は三吉彩花さんの存在を知らなかったんです。知っていたとしたら、さすがに同じ名前はまずいから、違う名前をつけたでしょう。漢字はちょっと違いますが。三好は小説の中で魅力的な人物にしたい、であれば名前も魅力的でなければ、とは思っていました。現代的で、なおかつうっすら現実離れした名前をいろいろ思い浮かべているうちに、ふと「三好彩花」という名前がひらめいたんです。もしかするとどこかで「三吉彩花」さんのことを目にしていて、無意識の刷り込みになっていた可能性もありますが。 もっとも新聞連載中も、本にする過程でも、担当者は誰も三吉さんの存在を教えてくれなかったんですよ。だからだいぶ経ってから名前がそっくりな人がいることを知って、なんだか申し訳ない気がしていたんです。その時はまさか三吉さんが三好役を演じることになるとは想像もしていなかったんですが、こういうキャスティングになってびっくりしました。