勤続20年で退社した元フジ・石本沙織アナ「自分の居場所探しに必死だった」コンプレックスを払拭した大塚アナからの「ひと言」明かす
フジテレビのアナウンサーとして活躍し、去年、勤続20年を機に退職した石本沙織さん。明るく元気なイメージの局アナ時代にも悩みがあったそうで──。(全3回中の1回) 【画像】「テレビとはまた違う一面が」退職して逗子で暮らす石本沙織さんの現在など(全14枚)
■いつどこで撮られるかわからない ── 石本さんが入社された2003年は、いわゆる第3次女子アナブームと言われ、アナウンサーがアイドルのように注目を集めていました。それを実感したのはどんなときでしたか。 石本さん:入社してすぐ、ゴールデンウィークに開催されたイベントのお手伝いに行った時です。アナウンサーも一般職の同期も研修中で、私たちは「新人アナウンサー」というタスキをかけて参加していました。その場所に週刊誌のカメラマンがやってきて写真を撮られるという経験をしたのです。
暗黙の了解で、イベントの際にスカートは注意してパンツで行った方がいいとか、パンツも下着のラインが見えないようにというのは、みなさん気をつけていたと思います。私は狙われるタイプではないと思っていたのですが、いつ、どこで何を撮られるかわからないという意識はあったと思います。新人というだけでネタになるので気をつけてはいました。そういう時代でしたね。 ── 狭き門を潜り抜けて、アナウンサーになりましたが、ご自身の個性をどう表現しようと思っていましたか。
石本さん:女性で同期入社の戸部洋子はミス立教、長野翼は報道志望で、面接のときから2人とも路線がしっかりしていてすごいなと感じていました。私自身はどうしようと思ったときに、大学でチアリーディグをしていたのと、スポーツは観るのもするのも好きなので、元気キャラでいこうと思ったんです。 面接も、スポーティーなイメージで乗りきりました。それで採用が決まったので、入社後もこれでいいんだなと思っていました。とにかく元気に、声は大きく(笑)。誰よりも先に笑顔で挨拶をすることを心がけていました。
■「ここに自分がいていいのかな」 ── 元気なイメージは画面を通しても伝わってきていました! 石本さん:よかったです!でも、葛藤がなかったわけではありません。フジテレビらしさってなんだろうと考えて、華々しい先輩方についていこうとか、そうならねばならないというような意識はやっぱりありました。自分の居場所を必死に探していたように思います。 めざましテレビでスポーツコーナーを担当していた頃、当時のメインキャスターが大塚範一さんと高島彩さん。情報キャスターに中野美奈子さん、皆藤愛子さんがお天気コーナーを担当されていて、「この華々しい場所に自分がいていいのかな」と思っていました。そうは思いながらも、自分ができること一生懸命に、とにかく元気に振る舞っていたのですが、あるとき大塚さんが「石本がいるとスタジオが元気になるね」と言ってくださって。すごく嬉しかったです。