かつては〈時価〉が当たり前だったが…鮨屋の「おまかせコース」が〈定価〉で提供されるようになった深いワケ
お好みで注文できる店が減った
高級店が怖くなくなったのは多くの客にとって歓迎すべきことです。でも古くからの客にとっては困った面もあります。それは、従来のように“お好み”で注文できる店が減ったということです。 お好みもおまかせと同様、高級店では時価というのが普通でした。たとえばマグロの大トロなら1貫千円とか2千円とか基準になる値段は決めていても、その日の相場によって上下するのが当たり前でした。 それでもおまかせが定価になった以上、お好みだけ時価にしておくというわけにはいきません。かといって料金表を作るというわけにもいかないので、最近ではお好みというシステムそのものをやめてしまう鮨屋が増えています。 コースメニュー化したおまかせの場合、仕入れる魚の種類と数はあらかじめ決まっています。それに対してお好みはその日にどんな注文があるかわからないので、いろんな種類の魚を用意しなくてはなりません。つまりお好みの方が歩留まりが悪く利益率も低い。思いきってお好みをやめてしまう方が合理的なのです。 客の気持ちとしては、おまかせで10貫の握りを食べたとしても、マグロをもう1貫おかわりしたいとか、別の種類の貝も食べてみたいとか、最後はかんぴょう巻でシメたいとか思うのは普通のことだと思うのですが、今はそういう細かい注文には対応できないという店が増えています。まして「マグロのトロだけ5貫食べたい」といった昔の常連客のわがままな注文は、もはや不可能に近いと言えます。 客が店から出されるものを甘んじて食べるしかない。そういう今の流れは、かつての鮨屋を知る客には窮屈に感じられるかもしれません。 早川 光 著述家