司法取引5年でたった3件、期待された「捜査の武器」はえん罪リスクで活用後退
公判では司法取引の是非が直接議論の的にはならなかったが、一貫して無罪を主張した元取締役は昨年5月に最高裁判決で有罪となったことを受け「司法取引制度に忖度した判決としか思えません」と不満げなコメントを残した。今回、制度開始から5年となったことを機に取材した事件関係者も「組織犯罪で上位者の立証を目指すのが制度の目的だったはずで、立法趣旨に反する使い方だった」と非難した。 ▽元秘書室長、司法取引に「安心した」 2例目となったのは、世界を驚かせたゴーン被告の役員報酬過少記載事件だ。ゴーン被告の報酬を管理していた日産の元秘書室長が司法取引に応じた。 元秘書室長は、共犯として逮捕・起訴された元代表取締役グレゴリー・ケリー被告(66)の公判で、取引に至った過程や思いを証言した。それによると、合意に至った経緯はこうだ。 社内調査を受け始めて約1カ月後の2018年10月9日、突然「検察庁で話してくれ」と言われ、翌日に弁護士と会った。弁護士からは司法取引の説明も受け、その日の午後、早速東京地検に赴いた。ただ、検事から制度について言及はなく、その後も取り調べが続いた。
「正直に話していると検事に思われている。合意できる可能性がある」。そう考えた弁護士が取引を申し入れたのは10月26日。11月1日に合意が成立し、18日後のゴーン被告とケリー被告の電撃逮捕につながった。元秘書室長は取引が成立したときの心境を公判でこう語った。「不起訴になると言われたときには安心した」 ▽判決は「検察の意向に沿う危険性」と指摘 ただ、裁判所の見る目は厳しかった。ケリー被告の判決は、元秘書室長の証言を「有利な取り扱いを受けたいと検察官の意向に沿うような供述をしてしまう危険性をはらむ」とし、一部の信用性を否定。起訴内容の一部を有罪としたものの、ほとんどを無罪とした(弁護側、検察側がともに控訴)。 適用3例目として2019年12月に立件されたアパレル会社元社長の業務上横領事件でも、東京地裁は司法取引した元社員の供述を「相当慎重に信用性を判断する必要があり、極力、判断材料としない」と指摘した。