社説:医療事故調10年 再発防ぐ教訓共有へ改革を
患者の「予期せぬ死亡」の原因を究明し、再発防止を目指す「医療事故調査制度」が始まって10年目に入る。 だが、制度が十分に機能しているとはいえず、医療事故に伴うトラブルは後を絶たない。課題を検証し、安心の医療に向けて制度を改善すべきだ。 患者の予期せぬ死亡があった場合、病院長など医療管理者が第三者機関「医療事故調査・支援センター」に報告し、院内調査をして結果をセンターと遺族に伝える仕組みである。だが、発生報告数は年300件台と横ばいが続いており、人口あたりの報告数も都道府県で約5倍の格差が生じている。 制度創設時から指摘される最大の問題は、医療機関側が自主的に報告しない限り、調査が行われない点にあろう。「予期せぬ死」の解釈が医療機関任せになっている。 医療事故遺族からセンターが相談を受け、病院側に助言する仕組みもあるが、医療機関に従う義務はない。訴訟リスクなどを意識し、院内調査をしない例が多く、遺族との溝を深める要因といわれる。 センターが自律的に調査できるよう権限を強化すべきだ。 航空機や鉄道の事故では、第三者機関の事故調査委員会が原因と再発防止を突きつめ、司法による刑事責任の追及とは異なる役割を果たしている。 ヒューマンエラーは必ず起こる。個人への過失責任の追及でなく、教訓から安全なシステムを構築していく大切さは、命を預かるどの現場でも同じだ。 その点で院内調査後にまとめられる報告書が、一切公表されないことも見直したい。 個人情報を伏せた上で、一つの事故の経緯を広く病院や医師が共有することは、医療の質を向上させるために欠かせない。 日弁連も意見書でセンターの強化とともに、調査結果の公表を提言している。 事故報告に積極的な医療機関の再発防止策などを、診療報酬で優遇するのも選択肢だろう。 調査制度は入院を主として設計されたため、在宅医療での事故では機能していない。 医療度の高い患者も住み慣れた自宅で過ごせるよう、医療と福祉の連携が進んでいるのは望ましい。一方、在宅医療でも防げたはずの死は起きる。閉鎖的な空間のため、検証と再発防止にいっそう専門性や人員が求められよう。大病院にとどまらず、地域医療でも事故調が広がるよう検討してほしい。 事故調査が、従事者側を不安や孤立から救う制度でもあることを再確認したい。京都大病院医療安全管理部の松村由美教授は、適切な調査で「関わった医療者が1人で苦しんだり不当な評価を受けたりしなくて済む」と指摘。医療事故調査を「医療安全調査」と名称変更してはという。傾聴に値しよう。