「バイト先でも推理していた」…『このミス』大賞の異色の26歳漫画家・土屋うさぎ氏インタビュー
バイト先でもいつも推理をしていた
『チーム・バチスタの栄光』の海堂尊や『元彼の遺言状』の新川帆立……。数々の人気作家を生み出してきた宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞だが、今年は新たに異色の大賞受賞者が誕生した。まだ26歳の現役女性漫画家だ。 【〝顔出しNG〟だそうなので】カワイイ…土屋うさぎさんの「自画像」 「受賞した瞬間は、恩返しができたという安堵感のほうが大きかったですね。泣いている父を見て、『ああ、受賞したんだ』と私も初めて実感しました。ここまで好き勝手に創作活動をさせてくれた両親や友人に感謝したいと思います」 そう語るのは、『謎の香りはパン屋から』で大賞に輝いた土屋うさぎ氏。パン屋でアルバイトをする漫画家志望の大学生が、得意の推理力を生かして周囲の人たちの秘密を解き明かしたり、トラブルを解決していくという、「日常の謎」ミステリー集だ。同作は’25年1月10日に宝島社より刊行された。 それにしてもパン屋とミステリーというのはなかなか珍しい組み合わせ。このようなストーリーを思いついたのは、どういった経緯だったのだろう? 「私自身が大学時代にパン屋でアルバイトをしていたんです。初めての小説は無理して特殊な設定にするよりも、自分の経験から生み出したほうがリアリティが出るかなと思って。実際、バイトしていた当時も仕込みの様子などからいろいろ推理をしていました。作中、卵フィリングの仕込み具合から謎を解き明かすシーンがありますが、あれは実話。本当に『卵の断面が粗い。これはギャルの先輩の仕込みだな』などと推察していたんです(笑)」 ◆師匠のかたきを取ろうと『このミス』大賞に応募 物語はとてもテンポが良く、全ての登場人物が個性的で魅力的で生き生きとしている。ひとたびページを開くと一気に惹き込まれ、あっという間に読み終わってしまうような楽しい一作だ。しかし書き上げたときは、あまり自信がなかったという。 「『大賞を獲りたい!』という強い思いと同じぐらい、不安も大きかったです。逆に、初めて漫画賞に応募したときは自信満々だったんですよ。だけど3作連続で落ちました(笑)。小説のほうが不安いっぱいだったのに受賞できた。それだけ、作品とがっつり向き合った証かなと思います」 先述したように、土屋うさぎ氏の本来の肩書は漫画家兼アシスタント。’23年に集英社・赤塚賞に準入選、さらに小学館・『創作百合』漫画賞の佳作に選ばれてデビューを果たしている。’24年は『ジャンプ SQ.RISE 2024 SPRING』にて『ORB』というお嬢様ラップコメディが掲載された。漫画家として順調なスタートを切っている中、なぜ『このミス』大賞に小説を応募しようと思ったのか。 「漫画の師匠であるおぎぬまX先生が、小説も書いていて。『このミス』大賞にも応募して『隠し玉』(編集部推薦賞)に選ばれているんです。その姿を見て、漫画家って専業だと思っていたけど好きなことをやっていいんだ! と思って。 おぎぬま先生が最終選考まで進んだものの大賞を逃していたこともあって、『かたきを取ろう!』という思いもありました。先生からは『ありがとう、私も嬉しい』と言ってもらえました」 今後は漫画家と小説家、二刀流で活動していきたいと意気込みを語ってくれた。 「逃げ道として両方やっている、と言われないよう全力を出さないと……。そのプレッシャーは感じますが、『謎の香りはパン屋から』を書いているときは、漫画とは違う創作活動をすることで刺激になって楽しかったんです。 もちろん時間の工面は大変。『このミス』大賞を目指していたときも、ご飯の時間を削ったり、あまり寝なかったり。少しでも時間を作り出そうと、髪を切ってシャワーにかかる時間も減らしたんです。でも自分のためにやっていることなので、つらいという気持ちは全くありません。せっかくいただいたチャンスなので、両方頑張っていきたいですね」 ◆漫画も小説も嫌なキャラクターは登場させない 漫画を描くことと小説を書くこと。全く異なる創作活動のように思えるが、意外に似ている部分は多いのだという。 「技術的には共通するものが多い。たとえばギャグ漫画ではテンポ感が重視されますが、それは小説においても意識したところです。違いは……私は漫画家デビューして1年になりますが、絵の場合は上達が目に見える。でも文章だと、一作品書き終えても成長がいまいち分からなくて。後半になっても相変わらず句読点が無駄に多かったりして、上手くなっているんだろうか……と最後まで自信が持てませんでしたね」 漫画家としての自分と、小説家としての自分。共通してこだわっていることもある。 「本当に嫌な人は登場させないようにしました。小説の主人公は漫画家を目指しているのですが、最初は自分と重ねて暗めのキャラになっていたんです。私がネガティブなところがあるもので……。ついつい『私なんて』とウジウジするシーンを書いてしまっていたのですが、そういうのはばっさりカットして『頑張るぞ!』というキャラクターに変えました。 他にもパン屋のレナ先輩や店長といった登場人物も、実際にいた人たちのキャラクターをポジティブに膨らませた。これは漫画を描くうえでも私がこだわっているところで、物語を盛り上げるためにわざと共感できないキャラを登場させることはしないんです。 創作作品ではよく、『何でそんな嫌なことをするの!?』というようなシーンがありますよね。でも私は、万人に、心がザワつかずに楽しんでもらえる作品を作りたい。だから登場人物みんなが信念をもって最善を尽くす、そういうキャラ設定を意識しているし、それが漫画、小説に関わらず、私だから生み出せる作品かなと思っています。 ◆なぜ小説を書く漫画家は多いのか 実は漫画家でありながら小説も書いている、という人は意外に少なくない。その理由は一体何なのか。実際に漫画家から小説家にもなった土屋氏に尋ねてみた。 「私の場合は、漫画賞の授賞式で聞いた手塚治虫氏の言葉の影響もありました。『漫画から漫画の勉強をするのはやめなさい』というもの。自分ならではの世界観を生み出すためにはいろんなエンタメに触れることが大事だ、という意味なんだと思うんですね。漫画って描き始めるときにプロット(構想)を文章で書くので、そういった工程が共通しているところが、小説家を目指しやすくなる理由の一つなのかなと思います」 もちろん、それ以外の作業工程には違いがたくさんあるという。 「読者を楽しませるためにかくエンタメ、というのは同じですが、漫画製作はチームでの作業なんです。アシスタントがいて、みんなで会話しながらアイディアを出したりする。でも小説は一人で向き合う作業。漫画家より孤独感が強い気がします。 あと、小説だとボケのシーンが伝わりにくいのも難しいと感じましたね。漫画のように絵でニュアンスを伝えられないので、そこはリズムやテンポなどをより意識しました」 こう聞くと、今回大賞を受賞した作品を自身で漫画化したいという気持ちは起きないのだろうか、とふと気になった。美味しそうなパンも多数登場する今作。是非、絵でも読んでみたいものだが……。 「せっかくなら他の方の絵柄で見てみたいと思っています。自分が描くなら? それは全く新しい物語がいい。というのもコミカライズの醍醐味って、やはり原作者とは違う人が描くことによって起こる化学反応だと思うから。もしも描き手を希望できるなら、私は少年漫画で活動しているので、同じく少年漫画畑の方に描いていただけると嬉しいです」 次作の構想は浮かんでいるのか聞いてみたところ、「やはり私は漫画家なので、漫画をテーマにしたミステリーを書きたい」とのことだった。 最後に、同じく小説家を目指す読者にメッセージをお願いした。 「書いているときは『面白いんだろうか』と不安になると思いますが、まずは一回最後まで書き上げてほしいと思います。時間の工面は大変だと思いますけど、会社員と小説家を両立されている方ってけっこう多い。私も同じように兼業で続けていきたいと思っているので、ぜひ一緒に頑張りましょう!」 『謎の香りはパン屋から』(土屋うさぎ /宝島社) 取材・文:山本奈緒子
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