『スロウトレイン』は人生の“はじまり”のドラマ “1人だけど独りではない”メッセージ
そして、3つ目。何より素晴らしいのは、正月という、最も人々が家族と集う時期に放送される「新春スペシャルドラマ」の裏テーマが「寂しさとは何か」であること。編集者である葉子が担当する盆石のヴィジュアルストーリーブックのために、いろいろな人に「どんな時に寂しいと思うか」を聞いて回る場面があるというだけでなく、本作には何通りもの「寂しさ」が登場する。何より心に残ったのは、百目鬼(星野源)が「僕は常々人といる孤独がつらいと考えている。何よりも。だったら独りでいる方がマシだよ」と言うこと。 一方で葉子がマッチングアプリで出会う男性(宇野祥平)に言われた「あなた孤独じゃないんですよ。だから簡単に言えるんです。独りでも生きていけるって、独りじゃないから言えるんです」という言葉にも、本当の孤独を知る彼の切実さが滲み出ていて、実際葉子が「寂しさをろくに感じることもなく、どこか遠い手触りのまま生きてこられたのはとても幸せな、贅沢な話」と感じていることの理由付けになっている。 「私としては今の生活満足してるのに、1人ってだけでそうじゃない人にされる。そう、そうなの」と言う葉子と同じことを感じている人は、今の時代たくさんいて、本作はまさにそんな“私たち”のためのドラマなのではないだろうか。そして葉子が過ごす居心地の良い「1人だけど、独りではない」世界に包まれて、私たちは自分が大切にしているものについて考える。 終盤の葉子の「亡き両親への手紙」という形をとったモノローグは、「新しい時代を生きている」妹弟へのエールと、彼女自身の人生の肯定だった。そのままそれは、新しい時代を生きる人々がそれぞれに過ごす「小さな私たちの小さな営み」の肯定にもなっていた。「目の前の大きな希望に期待できない」都子と潮の性格は、両親・祖母が交通事故で突然亡くなったというバックグラウンドのせいでもあるが、現代の若い世代を象徴するものでもあるような気がする。 「小さな私たちの小さな営み」は「ひとつの命として消えていく」が、「真新しいすべらかなレール」が運んでくれる。『海に眠るダイヤモンド』で高度経済成長期の人々の輝きと、彼ら彼女らの思いが確かに息づいている現代の姿を描いた野木亜紀子は、本作を通して、これからを生きていく人々の背中をそっと押す。「誰も知らない、未知の大地が広がっているのです」と、不安そうな妹弟を前に葉子はそう言った。きっとこれが「冒険のはじまり」。これは、私たちが、私たちの人生を生きていくためのはじまりのドラマである。
藤原奈緒