役所広司、映画『八犬伝』で「造り込んだ芝居」の重要さを再認識「俳優だけではどうにもならない部分がある」
役所広司が、「八犬伝」の作者・滝沢馬琴を演じる話題作『八犬伝』が10月25日に公開された。監督は『ピンポン』(02年)や『鋼の錬金術師』シリーズ(17年、22年)などの曽利文彦。八犬伝の物語が展開される「虚」と、八犬伝執筆中の馬琴を描く「実」の部分が交錯する大胆な構成の娯楽大作。原作は山田風太郎。来阪した役所広司に話を訊いた。 【写真】話題の俳優陣が多数出演、「虚」と「実」が交錯する『八犬伝』 ■ 曽利作品「想像以上のものができるだろうと楽しみに」 ──脚本を初めて読まれたときの感想から教えてください。 「虚」と「実」が入り交じった、観ていて心地よい映画になるだろうなと思いました。特に「虚」の世界は、曽利文彦監督が得意とされる映像世界なのできっと僕の想像以上のものができるだろうと楽しみでした。 ──曽利監督とは初めてのお仕事ですが、これまで曽利作品にはどのような印象をお持ちでしたか? 『ピンポン』(02年)を観て驚いたのを覚えています。卓球を題材にして、高校生たちが躍動する見事な青春群像劇で、当時最先端のVFX技術を用いた試合の映像は、それまで観たことがないようなアグレッシブものでした。映画を観てからしばらく経ってから、脚本が宮藤(官九郎)さんだったと気付きました。 ──機会があれば曽利作品に出演したいと思ってらした? いやいや、監督のスタイル、作風から言って、僕にはお呼びがかからないだろうなと思っていました(笑)。 ──「八犬伝」は監督が長年映画化を望みながらなかなか実現しなかった企画ですが、それができることになったとき、それでも滝沢馬琴役に役所さんをキャスティングできなければ映画化も諦めるつもりだったと監督は話されています。 ありがたいですよね。僕が演じた馬琴のパートは、先ほど言った「虚」と「実」のパートで言えば「実」なのですが、この作品の「実」は、物語を創る人間たちを描いているのが面白い。 実際、映画の現場ではいろいろなドラマがあって、こちら側を描くだけで一本出来るんじゃないかってよく思ったりするんですが、それが今回は馬琴が「八犬伝」を書いている現場で、徐々に出来上がっていく物語世界が描かれ、さらにその現場に一緒にいるのがあの葛飾北斎ですからね。 ──馬琴と北斎の関係は、史実ですよね。 「八犬伝」より前の作品では、馬琴に頼まれて北斎が挿し絵を画いたものもあったのですが、そのとき馬琴が自分で頼んでおきながらNGを出しまくって北斎を怒らせた(笑)。それでも、その後も交流はあったようですから、「八犬伝」のときは、映画で描かれたような様子だったかもしれません。 ■ 北斎役・内野聖陽とは「とにかくユーモアを大切に」 ──今回、北斎を内野聖陽さんが演じられていて、お二人が絡む芝居が多く、見応えがあります。 僕は座ったままの演技が多いのですが、その分、内野君が動き回ってくれて、シーンを生き生きとしたものにしてくれるので、やりやすかったですね。二人で思っていたのは、とにかくユーモアを大切にしようということでした。 ──なかでも、役所さんの背中に紙をあてて、内野さんが覆い被さるような格好で絵を画くところは面白いですね。 あそこは、あのあと馬琴の奥さんのお百さんが部屋に入ってくる芝居とつながっているので、奥さんが入ってきたとき、おっさん二人があの距離でいたらどう思うかなっていう考えでやりました。 ──なるほど、ちょっと怪しい関係に見えなくもないという(笑)。お百さんを演じるのは寺島しのぶさんで、夫にきつくあたる妻を印象強く演じています。 確かにきついんですけど、ああいう奥さんにしてしまったのは馬琴だと思いますね。馬琴という人はとにかく真面目一徹で融通が利かない。それでいて自分のやりたいことには熱心で、好きなことをやり始めるともう他のものは目に入らない。だから、お百さんのことなどまるでほったらかしだし。もともとはお百さんの実家の下駄屋さんに婿養子に入ったのに、家業も継がず、好きな物書きばかりしているわけですから。 ──確かに、お百さんも頭にきますね(笑)。 そう。でも、お百さんもああ見えて、夫に心底あいそづかしをしている訳じゃない。結局、やりたいことをさせているわけですから。映画の最後の方では、夫の仕事を手伝う息子の嫁にちょっと嫉妬したりして。そこのところも含めて、寺島さんが魅力的に演じてくれました。内野君と寺島さんは文学座の同期生なんですよ。撮影の合間には、二人で楽しそうに話してました。 ──晩年、目を悪くした馬琴の仕事を手伝う嫁役は黒木華さんですが、黒木さんとの共演はこれまでに・・・。 いや、なかったです。今回が初めて。彼女は「和」のものも似合うし、芯の強さもあるし、なにより女優としてのリアリティのある人ですよね。彼女が演じたお路(みち)という役は、初め滝沢家のなかで居場所がない感じなのですが、やがてどんどん存在感を増していく。それが自然に見えるのは、やはり黒木さんの力量ですね。実際の黒木さんはときどき面白いことをぽろっと言ったりする、楽しい人です。 ──お路の夫、馬琴の息子を磯村勇斗さんが演じています。 磯村君はしっかりした俳優さんですよね。作中、病を得ていくのですが、磯村君は撮影に入ってから厳しい減量をして、本当に痩せていって。あの役づくりには、滝沢家全員の芝居が助けられたと思います。 ■「スタッフが一丸とならなきゃならない」俳優として刺激に ──もう一つ、訊いておきたいのは、馬琴が芝居小屋の奈落で、立川談春さん演じる鶴屋南北と語り合うシーンです。 シナリオを読んだとき、僕もあそこはある意味、作品のキモになるシーンだなと思いました。鶴屋南北作の「四谷怪談」を観たあと、馬琴と南北がエンターテイメントはどういった切り口で現実社会と切り結ぶべきかを話し合う。 清濁併せ飲んで社会を告発しようとする南北と、乱れた時代だからこそ勧善懲悪を貫こうとする馬琴。このテーマは、僕ら役者や、あるいは物書きの人にとって、いつの時代も考えなくてはならない問題でしょうね。いま監督に聞いたのですが、僕のファーストカットはあのシーンだったみたいです。僕は忘れてましたけど(笑)。 ──あのシーンから、役所さん扮する馬琴を撮り始めたところにも、監督の思いがあるのでしょうね。いまこの作品への出演を振りかえってどのようにお考えですか? 自然なナチュラルな演技だけでなく、役の年齢に合わせて扮装もどんどん変化していく、こんな造り込んだ芝居をするのも、役を深く演じる意味で、俳優としては大切だなと改めて思いました。造りこむには、メイクさんや衣装さんや小道具さんなど多くのスタッフの力が必要で、俳優だけではどうにもならない部分がある。スタッフが一丸とならなきゃならない。俳優としては面白いし、刺激になりました。 ──最後に、映画をご覧になる人へのメッセージをお願いします。 「虚」と「実」が交錯する、とても面白い作品で、ご家族で楽しめると思います。ご家族でご覧になって、馬琴の家族への接し方やエンターテイメントへの考え方について話し合っていただいたりするととてもうれしいです。 取材・文/春岡勇二 写真/Ayamiヘアメイク/勇見勝彦 スタイリスト/赤嶺まなみ